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日記・コラム・つぶやき

2009年11月12日 (木)

警官ウヨウヨ、TOKYO

 そこら中に、警官が立っている東京都内。新人訓練のつもりか、職質もしつこくやっているようだ。職質SOS!がたくさん飛びかっているようである。うっとおしくなる天気に、うっとおしいかぎりのド警官群。職質されやすいボクは、キャッチされることなく歩けるかな?

2009年10月26日 (月)

雨降る銀座、フトコロ風吹き抜け、空に星なく

 銀座をぶらつく冴えないオヤジ。横丁を覗くと、「金春湯」の看板。救援連絡センタ―から徒歩7分程度のところにある銭湯。このところ銭湯にはトンと御無沙汰。バー、クラブの呼び込みには、はなも引っ掛けてもらえないのは、姿形を一見して分かったからなのか?銀座は、ボクとは縁遠い?そりゃ、そうだ。

団結まつり

Photo
昨日、団結まつりに行ったら、もう終りだってんであと片付けが始まっていた。会場が分からず、手前の運動場でウロウロしていて時間を浪費してしまったね。残念!

2009年9月14日 (月)

現代日本の刑事法批判入門セミナーのお知らせ

現代日本の刑事法批判入門セミナー

救援連絡センター主催、週刊金曜日協賛で、現代刑事法を総合的全面的に批判するために、理論的実践的に検討する学習会を始めます。裁判員制度の導入に伴って変動してきた裁判実務、戦時動員・有事法態勢に伴う刑事法の再編、治安主義の弾圧などの諸問題を検討していきます。しかし、専門的な分析に偏するのではなく、市民のための刑事法入門という側面も持った企画です。

多くの方に参加していただければと思います。  

   参加費 1回500円

第2回

「魔女裁判の論理と心理自白(調書)裁判の原風景」宮本広典

10月24日(土)  18時~

京橋区民館


第3回

「裁判員制度下での『精神障害者』」

楠本孝(三重短期大学)

11月21日(土)  14時~

佃区民館

2009年9月12日 (土)

今日も職質されてしまったゼ!

 なんで、ボクはよく職質されるんだろう?今日もやられてしまった。場所は、前回と同じ北千住駅。時間は、午後6時頃だった。今回は改札口の外でだった。よくやっているんだよなぁ、北千住駅は。だからって何でボクをやるんだよ。やられそうなカンジなのかねぇ?不審者らしさがプンプン匂ってくるのかしらん?
 今日は、4人のポリ公が間隔をあけて横並びで立って職質の漁網張っているところに出くわしてしまった。なんかやられそうだなぁ、という気がしたが。避けて迂回するのはやめて、あえてポリ公に向かって歩いて行ったのだ。そうして堂々と行けばやられないかも、という考えもあってだったのだが。如何せん愚かなポリ公で、1+1=2のいたってマトモな考えしかできない奴だったようだ。困ったもんだ。
 「ちょっと、すみませんが‥‥」ときたもんだ。「なんですか?」と言うと、「事件があったもので‥‥云々」といつものセリフを言って来た。ボクは、「任意でしょう?そもそも、なんで私を職質するんですか?」と訊くと。「別に、あなたの外見を見て職質しているわけではありません。」と答えた。そんなんことはあるまい。ボクの外見を見て判断し、選んで職質したんじゃないか。判っているさ。とにかく、任意なのだから従う必要はない、とあくまで言い返す。すると、「もう、(職質を)すでにやられたんですか?」と言って来たので、「ああ、(ずっと)前にやられました。」と答えると、「ああ、そうですか。それなら、もうけっこうですよ。行って下さい。」とつきまといから解放された。無駄にした時間は、15分程度だったのが、幸いだった。いい加減にしてほしいよ。

2009年9月 6日 (日)

編集作業終了、発送完了!

救援の発送が終った。これで、しばらくはノンビリできる、と思ったら大間違い。けっこう野暮用がある。今回の発送作業は、9人でやった。小さな部屋だとギュウギュウである。この間は、作業がかなり早く終るようになった。封筒に折っていれる作業がなくなったから、その分早くなったようだ。8月は裁判も少なく、裁判関係の記事はそうなかった。そろそろ、次の編集が始まる。

2009年8月22日 (土)

山谷夏祭りに行って来た。

 夕方の6時頃、南千住駅で下車して、山谷の玉姫公園に歩いて行く。涙橋の交差点で、どこかで見たような後ろ姿を凝視して見ると、写真家の大島某氏だった。一緒に公園へと向かった。今年は、例年よりグ〜ンと遅くなった夏祭りだった。その為か、やや人出が少なかったように思えた。今日
は、SwingMASAが演奏すると云うこともあって、ド田舎から出ばって来たんである。演奏は相変わらず良かった。ド田舎への帰宅時間が木たのでサッ、サッと帰るのであった。

2009年8月17日 (月)

今日は暑かったね。

 今日は予約してあった「オウム真理教」の新実智光さんと面会して来た。10分程度の面会時間だったので、たいした話はできなかった。獄中健康法の話がメインだったかな。新実さんは、予想していたよりナイーブなカンジだったな。面会所には、知っている人は誰も居なかった。
 面会のあとは、山谷へ行き、新宿中央公園の協同炊事の運転手として往復。今日は、400人くらいの野宿者が食べたそうだ。他の地域では「炊き出し」に対して、地域住民からの追い出し行動もあるようだ。「在特会」の動きも同じ底流だろう。人間関係が寸断され、マネーに支配された人達の攻撃の矛先は、より弱者たちへと向かう。歴史の繰返し、繰り返される人間の愚かさ。

2009年8月10日 (月)

暑くて、暑くて。

 なんで、こんなに蒸し暑いんだよ。私は暑いのは、ダメなの!寒いのもダメなの!どっちもダメなの!
と、わがまま言わせてもらいます。
 先日、早稲田大学の演劇博物館前でやった水族館劇場『谷間の百合』を観に行った。一条さゆりの人生を描いたもの。ハッキし言って、めっちゃ良かった。ワシ、ストリップに思い入れがあるからね。子どもの頃に住んでいた家の前にストリップ劇場があって、きれいなネェちゃんたちが闊歩しているのを観て育ったもんね。大人になってから、ストリップ劇場の照明係になって暮らしていたこともあるから尚更だ。女の人の前に行くと、つい、かぶりつきの姿勢で「オープン!オープン!」と叫んでしまったりする‥‥ウソです。
 昨日観たテレビ朝日の『スクープ』で、限りなく冤罪だったと考えられながら執行されてしまった久間死刑囚のことが取り上げられていた。司会の鳥越は関わった裁判官の氏名を公表して、その責任を問うた。無実の人間を殺しただろう裁判官たちの罪は深い。裁判員たちは、これから人の生死を決めるのだ。職業裁判官たちでさえ誤判をするというのに。今回の判決も重刑寄りだ。これからドンドン人殺し市民が生産されていくのだろうか?

2009年7月28日 (火)

獄中アンデパンダン展は延期!

 救援連絡センタ―設立40年記念イベントのひとつだった獄中アンデパンダン展を延期することにした。
応募作品があまりにも少なく、これでは展示会をするにはちょっと寂しい。もう少し集ってからやった方がいいということになった。あと1年くらい先、来年まで延期。送ってくれた人達には悪いが、もう少し待っていて下さいってことになった。
 獄中で絵を描くというのは、大変なことである。年賀状の小さな絵ぐらいは許可される。何でも許可が必要なのだ。私が岐阜刑にいた時には、絵を描きたくてもなかなかできなかった。美術クラブを作って欲しいと要求しても、講師が居ない、そのクラブに割く職員数がない、予算がない等々の理由をつけて作ってもらえなかった。仕様がないので、年1回開催されている美術作品コンクールに応募して、水彩画を描くことができた。刑務所ってかなり不自由なのだ。

2009年7月19日 (日)

獄中医療は大丈夫か?大丈夫じゃないよな。

 持病のある人、体調の良くない人、そんな人達にとって、獄中医療は頼りにならないものだって言っておこう。以前、徳島刑務所で暴動があったけれど、あれは獄中医療があまりにも劣悪なので、このままでは殺されてしまうという実際的な危機感から、決起せざるえなかったのだ。「生か死か」という問題。決起せざるえないだろう。シャバでだって、金がないと適切な医療が受けられずに死ぬ=殺される。刑務所ではそれがよりシビアに存在するってことだ。ガンになったら、死を待つしかないのか?最善で適切な医療はしてもらえないのか?ハッキリ言って、現状はその可能性の方が大きいと言わざるえない。その現状をどう変えていけるか、考えていきたいと思っている。この間、私事で余裕がなく、そのために動いていくことができなかった。これから再始動したい。

2009年7月 6日 (月)

ボクの友人のこんな催しものがある!

Don't Kill Concert −山の動く日−
Produced by Swing MASA

2009年7月17日(金)
18:30開場 19:00開演
前売り2,000円 当日3,000円

Swing MASA Osaka Jazz Womyns
Swing MASA saxophone&voice
河野多映 piano
廣田昌世 bass
今井康鼓 drums
池田安友子 percussion

●会場
サンスクエア堺
〒590−0014
大阪府堺市堺区田出井町2−1
Tel 072−222−3561
最寄駅 JR阪和線 堺市駅
バス停 南海バス 阪和堺市駅前

●主催
Swing MASA Jazz Office

●チケットは郵便振替でお早めに!
お振込みいただいた控えがチケットとなります。当日はお忘れなくお持ちください。
郵便振替 00990−4−21193
加入者名 Office MASA

●チケット取扱店(チケットは下記の場所でもご購入いただけます)
Cafeどれみふぇ 南海堺東駅 Tel&Fax 072−228−3532
パスタ&Cafe Pace 河南町山城マンダイ前 Tel 0721−90−2525
中華料理広東 JR堺市駅 Tel 072−251−3557
きじむなあ 地下鉄大国町/JR南海新今宮 Tel&Fax 06−6647−2077
関西沖縄文庫 大正区小林東 Tel&Fax 06−6552−6709
暮らし屋 近鉄富田林 Tel 090−2358−0443(マキノ)
新世界ルナストリート Tel&Fax 06−7175−2360
ギャラリーことぶきぷらす Tel 090−2281−7844
そよ風 Tel 072−599−0038
NPOFC学会・堺 Fax 072−224−0670
はっぴいえんど Tel 072−296−0029

◆前売りチケットは400人を超えた時点で販売を打ち切らせていただきます。

●お問合せ
Cafeどれみふぇ 072−228−3532(Tel&Fax)
Swing MASA Jazz Office 090−9870−1260 06−6634−0938(Fax)

2009年6月21日 (日)

連赤展は今日が最終日

18日の特別企画「実録・連合赤軍映画を語る」は、わりと人が来た。なんと!50人も!たいして宣伝もできなかったのに、そんなにも人が来たのは、それだけ関心を持つ人が多いからだろう。キッチリと宣伝をしておけば、もっと集まっただろう。連合赤軍への、それぞれの思いがあった。私の場合は、反武装闘争へと雪崩うつ方へは向かわなかった。
090618

2009年6月10日 (水)

さて、連赤展だ!

やっと野暮用も終った。
今回の反省点。物事は、気軽に引き受けないことだな。
馴れないことを引き受けると、ただでさえ不器用で忙しくし
ているのに、更に、時間に追われて、余裕のない日を送るハ
メになってしまう。
12日から21日まで、根津のギャラリーTENで、「写真展ー
映画・連合赤軍、浅間山荘への道程」が開催される。その準
備で、これから忙しくなる。
写真展「実録・連合赤軍ーあさま山荘への道程」

6月12日(金)~6月21日(日) 12時~18時
 於 ギャラリーTEN
主催 救援連絡センター40年の会
後援 若松プロ 
    
特別企画
「実録・連合赤軍あさま山荘への道程」+「赤軍ーPFLP
世界戦争宣言」&トークショー
映画「実録・連合赤軍」を語る〈若松孝二/足立正生
/鈴木邦男/パトリシア・スタインホフ〉
6月18日(木)13時半
不忍通りふれあい館 地下1階大ホール

2009年4月18日 (土)

「外国人追い出しデモ反対行動」救援会声明

「外国人追い出しデモ反対行動」救援会声明

「排外主義扇動を終らせることを求めて逮捕された二人を救援し
よう」

4月11日、外国人「追い出しデモ」に抗議した二人の男性が埼
玉県警蕨署に逮捕される事件が起きました。ひとりは「追い出し
デモ」の主催者が掲げていた紙製の横断幕を「盗んだ」容疑で、
もうひとりはそのおよそ3時間後、公務執行妨害容疑での逮捕で
した。彼らの友人として、私たちは両名の救援を呼びかけるとと
もに、彼らの行動の意義と逮捕の不当性を訴え、埼玉県警に即時
釈放を求めます。

この日、外国人「追い出しデモ」を主催したのは、「在日特権を
許さない市民の会」という右翼団体でした。彼らはこれまであち
らこちらで「外国人=犯罪者」という扇動を続けてきた団体です。
彼らはあたり前に地域と関係を作り暮らしている外国籍の人々を
「犯罪者」扱いして、国外への追放を求める活動を続けています。
そのあげく彼らは個人攻撃を開始し、長期に地域に滞在する一家
を「追い出せ」とまで言いだしたのです。

このことをネットなどで知り、当日「在特会」のデモに抗議しよ
うと蕨市外から駅前に40名ほどの個人が集まりました。それぞ
れの思いは異なるにしても、共通していたのは彼らの煽る排外主
義への危機感と、弱い立場にある人を標的にして攻撃する彼らの
卑劣さへの怒りでした。

あろうことかこの日のデモコースには、長期滞在の外国人ご一家
のお子さんが通っていた小学校と、現在も通っている中学校が含
まれていました。そこで彼らが「一家を追放せよ」と叫ぶことは、
その一家に対してだけでなく、長期滞在するすべての外国人に対
する暴力です。「特権を許さない」と彼らは言います。しかし、
彼らが攻撃の標的としたのは、もっともこの社会の特権からは遠
い外国人の、しかも子どもです。彼らの言う「国民大行進」は、
そのような卑劣かつ卑怯なデモだったのです。

午後1時から「在特会」は「一家の追放」を叫ぶ集会を駅近くの
公園で開始しました。その集会の終わりごろになって、公園の入
口に彼らが作成した紙製の横断幕が運ばれてきたのです。そこに
書かれていたのは「不法入国は犯罪だ。『かわいそう』のペテン
にだまされるな」という文字でした。蕨に住む家族を明らかに標
的としたこの言葉は言葉の名に値するものではありません。これ
は地域に住む超過滞在の外国人を攻撃する暴力なのです。「追い
出しデモ」への抗議に参加していた彼が行ったのはこの暴力への
抵抗でした。警察は当初、彼に「任意同行」を求め、彼もそれに
応じました。ところが「在特会」はあろうことか「窃盗」事件と
して被害届を出し、そのため彼は「窃盗犯」として逮捕されいま
なお蕨署に留置されています。

その後、抗議活動に参加した人々の多くは蕨署に集まり、正規の
手続きに則って逮捕された人への面会を求めました。ところが蕨
警察署はバリケードを築き警察官を配置し、根拠も無く面会を拒
みました。それどころか弁護士が身分を提示して面会を求めても
1時間以上にわたって面会を拒否し続けたのです。そして突如そ
こに蕨警察署に先された右翼が登場しました。彼らは抗議活動に
参加した人々に罵声を浴びせかけ、その際に生じた混乱の中で1
名が公務執行妨害容疑で逮捕されたのです。

今回の行動については、参加者の間に充分な意思統一がはかれ
ず、抗議行動を呼びかけた側の不手際も多々あったようです。
抗議行動を呼びかけた側はその点を十分認識しなければならな
いと私たちも考えます。しかし、抗議行動が企図した「在特会」
への抗議そのものは正当なものだと私たちは考えます。彼らの
行ったデモは多くの外国籍で暮らす不安定な法的地位の人々を
恐怖にさらす重大な犯罪です。裁かれるべきは彼らです。

一方で、「在特会」が「犯罪者」と叫び排除を求めているのは、
この社会で生き、働き、人々と友情関係を結ぶ人々です。ビザが
ないことはだれを傷つけているわけでも誰を侵害しているわけで
もないのです。

生きることは犯罪ではありません。私たちは排外主義扇動を終ら
せることを求めて逮捕された二人をただちに釈放することを要求
します。

2009年4月12日

「外国人追い出しデモ反対行動」救援会

連絡先:haijo.hantai@gmail.com

★カンパの御願い★
2名をいちはやく釈放させるために両名の友人が中心となってボ
ランティアで活動しています。差し入れ、面会、弁護士の手配な
どにお金が必要です。まことに心苦しい限りですが、救援会にカ
ンパを寄せて下さい。よろしくお願いします。

<銀行振込>
みずほ銀行 早稲田支店 店番068普 2223022 タノ シンイチ

2009年4月11日 (土)

排外主義者との闘い

 今日、蕨へ行って来た。蕨駅前で情宣。すると排外主義者たちがのぼりを立てて、これまた情宣に来た。若干のぶつかり、しばし双方が批判し合う。拝外主義者のオジサンも怒鳴り立てる。朝鮮人は出て行け!などとしつこく怒鳴ったりしていた。愚かだね。そう怒鳴れば怒鳴るだけ、愚かさが露になっていく。
 今日は逮捕者が2名出てしまった。張り紙をはぎ取った?窃盗容疑で1名、その逮捕者の為に蕨警察署で抗議活動していた1名が公務執行妨害容疑で逮捕されてしまった。
 今回の行動は、ボクが思うにやるべきことだった。排外主義者が調子に乗っていい加減なことをすることを黙って観ていたら、ますます調子に乗っていくだけだ。お前等に反対な人間はこんだけイルんだと云うことを示すことは大事なことだ。そう示していくことが排外主義に対抗する力を拡大していくことにつながるだろう。
 

排外主義者の好き勝手にさせられんわな。

**************
転送・転載歓迎
「生きることは犯罪じゃない」inわらび行動

日時:4月11日(土) 13時
集合:JR京浜東北線「蕨」駅西口「TSUTAYA」前集合
主催:外国人排除デモに反対する会

 4月11日、埼玉県の蕨(わらび)でとんでもない悪質なデモが
行われます。
 デモの主催者たちは、最近、よくメディアで報道されているフィ
リピン人カルデロン親子を例に上げ、外国人は犯罪者と言いふら
しています。
http://www.zaitokukai.com/modules/news/article.php?storyid=221

 カルデロン親子は、法務省の残酷な決定により、娘ののりこちゃん
は1人日本に残れますが、両親はフィリピンにやむなく帰国すること
が決定しています。
 それでも彼らは「怒りがおさまらない」などと勝手に言い放ち、カ
ルデロン親子や、多くの外国人が住む蕨で、外国人排斥の声を挙げる
と言うのです。
 また信じられないことに、のりこちゃんの通っていた小学校、そし
て現在通っている中学校の前をわざわざデモコースに入れているので
す。

 外国人だからといって差別せず、様々な人々とともに助け合って生
きていくことこそが、私たちの未来をつくっていきます。
 それを逆行させるような卑劣なデモは許せません。みんなで怒りの
声を上げましょう。
(※できればバナーを1人1枚持参してください。布または紙)

参考サイト:「カルデロン・アラン・クルズに一家に在留特別許可を!」
http://blog.goo.ne.jp/izumibashilaw?sess=186e17f8bf7fc1fa818a0f20f40cae48
http://makhno.sanpal.co.jp/CircleA/

2009年3月30日 (月)

3・21救援連絡センター40周年記念イベント&総会

3月21日から既に10日ほど経ってしまった。

 救援連絡センターがなんと!設立されてから40年も経ってしまったなんて!奇跡!ってことでもないか?この間、落ち目だった左翼、労働運動、低調な市民、社会運動も敵失によって、少しずつ元気を取り戻しはじめたかも。これから救援連絡センターも忙しくなりそうな‥‥予感。

 イベント&総会は、100名近くの人たちが集まった。総会は、波乱もなくわりと静かに終了。

 さあ、いくぜ!と、イベントに入ると、活気が出てきたかも。裁判員制度をぶっ潰せと勢いつけるように講演する川村理弁護士の熱弁は、聴衆に裁判員制度はひどい内容だということを改めて確認させた。

 続く、水族館劇場「無知の涙」は、なかなかの見物であった。思わず、引き込まれて落涙する観客も続出。役者も気合いが入って涙、観客も気が入っちゃって、つい涙。これぞ大衆演劇!いよぉ~っ!かな?

 ということで、救援連絡センター設立40周年記念イベント&総会は、無事に成功裡に終了。二次会、三次会へと流れ流れゆく人あり、池袋の夜は更けていった。

2009年3月18日 (水)

救援連絡センター設立40周年・記念イベント&総会

       

救援連絡センター設立40周年
             記念イベント&総会

と き:2009年3月21日(土)13時開場
ところ:豊島区立勤労福祉会館

  プ ロ グ ラ ム

◎第1部 総会
・代表弁護士挨拶
・2008年度活動報告
・2009年度活動方針
・会計監査報告
・特別アピール

◎第2部 40周年記念イベント

講演   「つぶせ! 裁判員制度」
                  川村 理さん(弁護士)

芝居   NORTH Ⅶ

           「無知の涙」

       DANSE MACABRE

      水族館劇場

                    救援連絡センタ-

さすらい姉妹★救援連絡センター40周年記念集会特別興行

   
                        

muchinonamida.jpg5月の本公演への準備も進む中、さすらい姉妹公演が急遽決定しました!
さすらい姉妹の定番とも言える無知の涙シリーズの第七弾!

さすらい姉妹  救援連絡センター40周年記念集会特別興行

NORTH Ⅶ 無知の涙 DANSE MACABRE」 作演出 桃山邑

日時:3月21日(土)15:30より
場所:豊島区勤労福祉会館6階大会議室(池袋駅西口下車)
出演:千代次、風兄宇内、麝香姫、臼井星絢、赫十牙、
七ツ森左門、入方勇、増田千珠、ほか

2009年2月23日 (月)

大麻は、魔薬ではない……ということかな、やっぱり。

2月22日(日)
「大麻報道への異議申し立てデモ」主催420 JAPAN(於:青山公園)で職質についての講座をしに行って来た。デモ参加者は、百名近くは集ったのかなぁ。幼児を連れてきていた人もけっこういた。そんなほのぼのデモ?この間の大麻事件報道、マスコミのキャンペーンもあって、警察のデモ警備は大げさにされた。
 さて、僕の職質講座だが、僕の口下手さもあって、そうペラペラ滑るような口上は述べられなかったが、なんとか終えることができた。ロールプレイもしてもらった。と言っても、役についてくれた人はサクラ1名と私。警官役を私がやった。ほとんど大根役者のそれ。台本を棒読み。役者志願の僕としては、お恥ずかしい限り。
 デモは、六本木ヒルズの下の青山公園から表参道を経て宮下公園をぐるりと回ってから、宮下公園で流れ解散。表参道あたりは、道往く人たちの注目を浴びて行進した。タクシーがプッ・プッ・プッと激励のクラクションを鳴らしていた。よく見たら、運ちゃんはコブシを挙げてファイトサインしていたよ。居るんだねぇ。しかし、なかなか、おもしろいデモであった。私が知っている政治的な人たちとのデモとは違ってはいたが、けっこういい刺激を受けた。権力者の言いなりにならず、主張することはいいことだ。

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2009年2月21日 (土)

激化する大麻逮捕―報道に対してのデモがあるよ

 職質についての講座をしてほしいとの要請があり、引

き受けた。最近、大麻関係の逮捕ー事件報道が多くな

ったよね。大麻か薬物でも持っていないかなぁ、という

警察の手当たり次第の漁り行動―職質という動きも激

化している。オチオチ街も歩いていられない。具体的な

証拠もないのにカバンの中を見せろってのは、困る。

 ンナビストによると大麻と覚醒剤は違うそうだ。いろ

いろ考えてみよう。以下の催しで職質講座をする予定だ。
 
420 JAPAN 主催「大麻報道への異議申し立てデモ」
2月22日(日)13:30集会・15:00デモ行進 【東京】
場所:青山公園(南地区)/港区六本木7丁目
交通:東京メトロ千代田線「乃木坂」駅5番出口徒歩1分
 日比谷線・都営地下鉄大江戸線「六本木」駅徒歩5分

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2009年2月19日 (木)

裁判がおかしくなっていく!

 福岡地裁で開かれた組織犯罪処罰法違反容疑事件の公判について、その進行を妨害したとして、地裁が県警に告訴して、17日に威力業務妨害等容疑で11名(?)を令状逮捕して、東京などで家宅捜索をした。
 先月開かれた地裁の公判で、裁判長等の不当行為に対して抗議をした事が逮捕された人たちの容疑とされている。しかし、裁判の進め方が被告や傍聴者の権利を認めずに、独断的に乱暴に進められている事が問題なのだから、何をかいわんや、だろう。裁判に参加させないように拘束しちゃうなんてことは、ひどいよな。こうした事が、常態化して他の裁判へも拡っていくのではないだろうか。それが心配である。なんか、そうなりそうな気がするが。他人事だと考えると大変だね。
 
「ナチスが共産主義者を弾圧した時、
共産主義者でない自分は行動しなかった。
ナチスは次に社会主義者を弾圧した。
社会主義者でない自分は抗議しなかった。
ナチスは、学生やユダヤ人に弾圧の輪を広げ、最後に教会を弾圧した。
牧師の自分は立ち上がった。時すでに遅かった。」
フリードリヒ・グスタフ・エミール・マルティン・ニーメラー
(ドイツの著名な神学者でルター派牧師)

2009年2月10日 (火)

虹のクロニクル

 7日(金)に友人たちから電話あり。かなり興奮状態。なんだ、この雰囲気は?と思っていたら、芝居を観ての事らしい。俳優座で公演している東京桜組第15回プロデュース公演「風のクロニクル」、「虹のクロニクル」。桐山襲の原作。友人たちは、是非観てほしいということらしい。そんないいのかよ、とあまり関心はなかった。
 8日(土)、センタ―の当番で、新橋の事務所に行って、郵便物を見ていたら、東アジア反日武装戦線〜支援連のボックスに桜組からの郵便物。開封してみると、チラシとチケッットの束発見!
 な、な、なんだ、こりゃ!
 おっ!特別招待券!要するにタダ券!ヨッシャ、行こう!
 そして、行って来たよ、最終公演。
 「虹のクロニクル」を観た!ハッキしいって、わななくほどに泣いてしまった。実際は忍び泣きに近かったが、カラダがわなないて止まらなかったのはホントだ。つらかった。当時のことが蘇ってしまって、困った。つらかったのは、ぼくのこころを貫いたからだろう。

2009年2月 7日 (土)

当番の日

 休日のセンタ―の当番は、事務所にへばりついている。電話が掛かってくるので、それへの対応が大半だ。今、職質されているんだけれどどうにかならない?という緊急相談から生活や他者とのおつきあいについての悩み相談まで、とにかく幅広く相談事が持ち込まれてくる。しかし、こちらもそう何でも対応できるわけではない。ただの聞き役になる事しかできないこともある。
 今日は、僕の当番だった。職質されて困っているという大阪の人からの電話での相談があった。クルマに乗っていたら、警官に止められて職質されている、ナントカならないか?と言うのだ。任意だから、拒否すると言って粘って下さい、と応える。途中で警官に変わったので、警官に任意の職質なのだから強制的な事はするな、と言ったが、「こちらを見て、方向転換したので怪しいと考えて、職質している。」と言ってくる。現場を見ていないので、僕には状況がイマイチ分からないので困る。そうこうしている間にプツン、と電話が切られてしまって、その後掛かって来ない。それっきりだ。いやはや、困った。しかし、警察を見て急に方向転換じゃ、いかんわな。ワンちゃんっていうのは、逃げりゃあ追ってくる習性なんだから。

2009年2月 4日 (水)

編集はやっと一段落

『救援』紙の編集作業もやっと一段落。今回は、わりと作業がスムーズに進んでいる。わたしも編集作業に慣れてきているってことかいな。慣れてきたから、もう少し内容を面白いものにしていかないとね。職質問題について特集記事も出していきたいが。そうそう、職質調査票のようなものを作った。職質されたという相談が来た時に、その調査票に資料化できる記録をしていく為だ。職質も、だんだん社会問題化していっているようだ。

2009年1月17日 (土)

救援の発送作業

 昨日は、救援の発送作業があり、無事終った。助っ人も7名来ての作業だと終るのも早い。発送が終ると、毎回ホッとひと息つく。2千部程の発送、封筒に救援を入れ、糊付していく単純作業。作業する中での雑談に花が咲く。さあ、これで、みんなのところへ救援が飛んでいく。

2009年1月11日 (日)

イスラエルはガザ侵攻をやめろ!パレスチナ人民を殺すな!VOL.2

■転載、転送歓迎■
イスラエルによるパレスチナ攻撃が行われています。 私に何
ができるかと思ってきました。
そしてささやかながら私にできることは、
今、イスラエルの砲爆撃にさらされ、殺されている人々がどう
いう人たちなのかを、
日本の方々にもご覧いただき、彼ら、彼女らの声に耳を傾ける
場を提供することと考えました。

緊急事態の中での準備で、時間も手間もない中、こちらも緊急
で進めております。
是非、会場に足をお運びください。
また、ご友人に、この写真展の案内などを、広げていただけれ
ば幸いです。
2009年1月9日 豊田直巳


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豊田直巳写真展 パレスチナ・ガザの子どもたち in MARU 
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期間2009年1月13日(火)~25日(日)*16日はライブにつき休
み   
会場 Gallery&Bar MARU 
火~金 17:00~21:00 土・日11:30~21:00 月休

西武新宿線 東村山駅下車 西口徒歩1分
東村山市野口町1-11-3 tel&fax 042-395-4430     *入
場無料

スライドトーク 「パレスチナとイスラエル」
1月24日(土)19:00~  参加費~1ドリンク付1000円

豊田直巳(TOYODA NAOMI) 日本ビジュアルジャーナリスト協
会会員
『パレスチナの子供たち』『大津波アチェの子供たち』(第三
書館)『子どもたちが生きる世界はいま』(七つ森書館)『イ
ラク 爆撃と占領の日々』(岩波書店)

■ http://www.ne.jp/asahi/n/toyoda/

http://senka-kodomotachi.cocolog-nifty.com/blog/4/index.html

2009年1月 9日 (金)

イスラエルはガザ侵攻をやめろ!パレスチナ人民を殺すな!

転載です。

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もっとイメージを! 

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 イスラエルによるガザ攻撃を、日本のマスメディアは、ハマースの
ロケット弾攻撃に対する報復(NHKほか)、憎悪の応酬(朝日「天
声人語」)といった「対立」に回収・矮小化しています。
 それによって報道は、実際には出口のない狭い檻に閉じ込められ
た150万の人間たちを世界最新鋭の兵器で無差別に殺戮している
という、圧倒的な非対称性を隠蔽しています。
圧倒的な非対称性はそれだけではありません。イメージについても
言えます。
 イスラエルは外国人ジャーナリストのガザ立ち入りを認めていま
せん。日本のマスメディアの特派員たちは、イスラエルで取材して
います。その結果、ハマースやヒズボッラーのロケット弾で攻撃さ
れた現場から、破壊の映像とともに、被害者の震える肉声も紹介し
ながら、レポートします。戦争を支持するユダヤ系市民の声も紹介
されます。(しかし、ユダヤ系市民を中心とした1万人の反戦デモ
があり、ユダヤ系市民自身が、この戦争の欺瞞性を告発していると
いう声は紹介されません。)ガザからも、間接的に入手した映像が
流されますが、病院に運ばれる負傷者の映像などが主です。
 こなごなに粉砕された建物、瓦礫の山になった建物など、集中的
な爆撃による被害の実相を伝える映像、無惨に殺されている子ども
たちの姿は、マスメディアの報道では流されません。後者はあまり
に生々しいので、放送規定にひっかかるためもあるのでしょう。
 アブーグレイブの虐待でもそうでしたが、被害があまりにむごた
らしいがゆえに、その実相がマスメディアでは報道されないという
逆説です。 さらに、ネットではさまざまな写真が流れていますが、
クレジットの問題がしたり、撮影者が不明だったりするために、マ
スメディア等では、マテリアルがあっても使えない、という場合が
あります。 また、ガザの人々の(文字通りの)肉声も伝えられて
いません。端的に言えば、マスメディアの報道は、日本の市民が、
この出来事について、具体的な「イメージ」をもつことを妨げてお
り、イメージをめぐる非対称性は、この事態に対する私たちの認識
や受け止め方に著しく影響を与えています。 インターネット環境
にあり、ガザをめぐるさまざまな情報に触れている私たちは、ガザ
からの映像にも触れています。しかし、そうでない人たち(ネット
環境にいない人たち、いても、こうした情報の流通の外にいる人た
ち)が、ガザについて、マスメディアが報道しない情報、とりわけ
具体的な映像に触れるチャンスはほとんど、ありません。 そこで、
「私たちにできる25の行動」に以下、追加します。「25の行動」
リストの最初に、「事実を入手し、広めよう」とありました。いま、
ネットを通じて、さまざまな情報が交換され、共有されています。
それを、
1.できるかぎりネットの外でも広めよう。
2.現場の肉声・イメージ(写真)を届けよう。
「肉声」を届ける方法については、現地の人に電話でレポートして
もらって、その肉声を集会等で紹介する、というアイデアを先日、
紹介しました。さっそく、明日10日の大阪での集会でも、そうし
た試みがなされる予定です。写真については、新聞等では誰が撮影
したのか分からない写真は載せられません。でも、市民だったら、
そういうことにあまり拘束されないで、ネットで入手できる写真を
共有しあうことが可能なのではないかと思います。共有の仕方はい
ろいろあると思います。
1)集会等で、スクリーンに大きく映し出して見せる。
 これはお薦めです。
 とくに破壊の光景は、ラップトップのパソコンの小さなモニター
で 見ても、 その被害の実相がじゅうぶん伝わりません。
2)即席写真展をする。
 ネットからダウンロードして、印刷して、拡大カラーコピーして、
 色模造紙に張って、展示する。
 展示場所さえあれば、そんなに費用もかからず、できると思いま
す。 場所があれば、今日、準備して、明日からできます。
 「平和を考える会」のやくしげさんからの情報によると、パレス
チナのマアン通信社のサイト http://www.maanimages.com登録
と1枚につき10ドルが必要とのことですが、キャプション付きで
揃っており、クレジットも明確です。オンラインですぐにできるそ
うです。 ガザのアブデルワーヘド教授から送られてきた100枚
以上の写真が、以下にアップされています。
http://picasaweb.google.com/tigrimpa/wLVhCF?feat=directlink
 撮影者が不明なためクレジットの問題がありますが、そこはおの
おの知恵をしぼって、クリアーしてください。
          おか まり

年末年始は、あっ?という間に過ぎた。

 「救援」の編集に没頭していた為に、年の暮れはゆく年来る年をしんみりとはできなかった。その編集作業も今日で終った。ホッ、としているところだ。
 大晦日は、出獄してから毎年観ている水族館劇場の「さすらい姉妹」を山谷センター前にて観劇。野宿労働者は今年は多くなったようで、共同炊事の参加者も増えてきたように思う。救援連絡センター近くの日比谷公園でも「派遣村」という者が出現した。厚労省の施設の一部が宿泊施設になったり、面白いことにもなった。そうした面白いことが頻々として起きる情況なんだろう、今は。
 しかし、イスラエルによるガザ侵攻はヒドイ。どうしたらシオニストを押し止められるだろうか。

2008年11月23日 (日)

井上アトムの講演会に行ってきた。

 昨日、井上アトムの講演会が九段下であったので行ってきた。スタッフとして手伝っていた。私がやったのは、看板を掲げ持って講演会場前に立っていること。そして会場案内をすることだ。3時間ほどの講演会だったが、予想していたよりも人が集まった。270名くらいじゃないの?という話もあったが。さて、どうだろうか。しかし、ダンスがなかなか面白かった。ダンス風健康体操ってやつ。音楽が良かったかな。ダンスに合っていたから。話の内容は、眠気もあって、さほど気を入れて聞けなかった。前夜、夜更かししたのがいけなかった。会場では、270名が一緒になって跳んだり跳ねたりした。一見すると新興宗教の集まりかなぁ、と見られるかもね。しかし、井上アトムの提唱するバイオヘルスは金がかからず、分かりやすく、簡単で良い。取っつきやすさが庶民の、人民の健康法として最適かもね。ウルグァイの監獄では、驚異的な効果を生み出しているから、獄中者にとっても最適だ。最悪、オシッコしかなくても、それで十分健康回復させていける可能性があるようだ。昨年は、獄中者向けのバイオヘルス講座を救援連絡センター主催でやった。今年は、野宿者向けの講座でも、青空の下の公園ででもやれたらと思ったのだが、実現できなかった。野宿者にとっては、健康法よりメシの問題が先だ、という考える人の方が多いのだろうか。イヤ、そうでもないだろう。けっこう、自分なりの健康法を実践している人もいるはずだ。バイオヘルスをどう拡げていくことが出来るか?アトムのようなカリスマがいなければ広がっていくことが出来ない健康法なら、しようもないもんでしかない。しかし、けっして、そうではないし、そうだと思う。

2008年11月18日 (火)

<南條直子写真展>延期のお知らせ

 救援475号に<南條直子写真展●2008年11月28日(金)〜12月7日(日)>のご案内をさせて頂きましたが、何と主催者が入院。2〜3ヶ月程、療養期間が必要とのことで急遽、写真展が延期となりました。新たな日程は3月21日〜、詳細は未定です。ご迷惑お掛けします。新しい情報が入り次第、改めてご連絡したいと思います。

北千住で職質されたぜ!

 昨日の午後1時半頃、北千住(東武)駅内を歩いていたら、前方に2名の制服警官が見えた。近づいて行くと、1名が僕の方に寄ってきた。ン?と思っていたら、「ちょっと、すみませんが」ときた。ン?「そのバッグの中を見せてくれませんか?」ときやがった。「秋葉原の事件もありまして、警戒中なんです。」だと。なんで、僕がやられるんや。その日は、革ジャンでジーンズ、デイバッグ背負っていた。何とな〜く怪しい雰囲気でもあったのだろうか?しかし、外見で選択しやがって!オジサンは、ムッときたぜ。警官が「バッグの中を見せてくれませんか?」とシツコク言ってくるので、僕は、「イヤです!」と返した。すると、警官は「拘束して調べることになるかも知れませんよ。」と脅しをかけてきた。僕は、「これは任意であって、強制ではないでしょう?理由もないのに、バッグの中を見せる必要はありませんよ。」と言い返した。そう言いながら、僕は、今日の頼まれ仕事のことを考えた。1時間くらいなら相手してやろうかな、と。ちょうど職質のことを次号の『救援』の記事にしようと思っていたので、ほんの少しだけ「シメタ!」と思ったのがいけなかったか。ほくそ笑みが出てしまったようだ。僕のその表情を見た警官は、こいつはなんかおかしい、と感じ取ったのか。「分かりました。あなたを信じますよ。行ってけっこうです。」と言って、僕を解放した。次号の『救援』に載せるには、もう少し攻防しておいた方がよかったかもしれないが、職質特集にまとめられたらと思う。乞うご期待!

2008年11月 3日 (月)

こんなヒドイことが行われているぞ!拷問そのものだぜ!

警視庁渋谷署取調官による人権侵害に対し、厳重に抗議する
警視庁渋谷警察署警備課公安係長・伊藤警察官と佐野警察官は渋谷2号への拷問をやめろ。

 10月26日、反戦と抵抗の祭〈フェスタ〉のプレ企画として実施された「リアリティツアー2--62億ってどんなだよ。麻生首相のお宅拝見」において、不当逮捕された3人は、勾留され、いま尚、留置所に身柄を拘束されている。
 そのうち1人の仲間(渋谷2号)は、アスペルガー症でありそれに誘発されて鬱をわずらっている。そして現在、生活保護を申請している。
 取り調べにおいて人権が不当に侵されることは絶対にあってはならない。にもかかわらず、取調官伊藤と佐野が日々の生活のことや心の悩みを綴った日記を押収し、そこに記されている彼の鬱の原因となった出来事を、わざと本人の目の前で読み上げるなどして精神的苦痛を与えている。さらに本人に対して「国の世話になっているのだろう」、「おまえは病気じゃあない」、「生活保護を申請していて兄妹にやらせていいのか」などと執拗な嫌がらせを行っている。
 このような取調官の尋問は、被疑事実とは一切関係がなく、鬱をわずらうものへの差別、生活保護制度に対する否定であり、公務員にあるまじき人権侵害である。精神的苦痛のみを与える行為は、取調べの範囲を超えた拷問である。
 鬱をわずらったものや生活保護のことについて言及し、被疑者を、公然と侮辱するなどということは、昨今では表面上は影を潜め、考えられないことである。ところが公務員である2名の取調官は卑劣にも、それを行っている。このことは2名の取調官の不見識ではすまされない。人権侵害−差別を容認し、2名の取調官に行わせている警視庁渋谷署の責任である。(既に担当弁護士が渋谷署長、同署警備課公安係係長伊藤宛に抗議文をだしている)
 今後、私たち救援会は人権団体、障害当事者団体に、この事実を報告し協力を要請する。そして取調官−警察に対して人権侵害・差別の責任を追及し、公の場における釈明・謝罪を求める。警視庁はただちに渋谷2号を釈放せよ。2名の取調官、警視庁渋谷警察署は謝罪せよ。

2008年11月3日
麻生でてこい!!リアリティツアー救援会

2008年11月 1日 (土)

ひでぇよなぁ!麻生邸に行こうとしたら、これだもんな!

麻生でてこい!!リアリティツアー救援会
不当逮捕弾劾声明

 10月26日、反戦と抵抗の祭〈フェスタ〉のプレ企画として実施された「リアリティツアー2--62億ってどんなだよ。麻生首相のお宅拝見」において、3人が逮捕され、現在も留置場に身柄を拘束されたままです。私たちはこの逮捕の不当性をここに明らかにするとともに、仲間を連れ去った警視庁公安部および渋谷署に強く抗議します。

■リアリティツアーの目的
 人材派遣会社社長の「ピンハネ御殿」を見学した第1回につづき、今回のリアリティツアーは、その土地だけでも62億円ともいわれる麻生太郎氏の大豪邸を眺めて帰る、というものでした。この間、連日のように麻生首相の金銭感覚をめぐる報道がなされていますが、私たちにもたらされた貧困と格差を解決すべき立場にあるこの人物がどんな暮らしをしているのか、と。しかしこのツアーは、警察
によって解散を余儀なくさせられたのです。

■不当逮捕の経緯
 午後3時、渋谷警察警備課長は渋谷ハチ公前広場に集まった私たちに「歩道で行くぶんにはいいです」「麻生邸まで5、6名ずつ行く分には構わない」等の連絡をしてきました。私たちは、3、40分ほど、ツアーの告知を行った後、およそ50名ほどで、歩道を歩き始めたのです。渋谷警察署との話し合いのとおりに、風船やプラカードを引き下げ、拡声器も使用せず。
 そのわずか5分後、ゆっくりと道玄坂下にさしかかろうとしたそのときです。人ごみのなか、私たちのいちばん前の位置でツアープラカードを目印にもっていた仲間が腕をつかまれ、路上に組み伏せられました。警察は「いけ!いけ!コーボー!コーボー!」を合図にさらに2人の参加者を羽交い絞めにし、3名ともに連れ去っていきました。報道では警察が「再三にわたり警告」したとされていますが、ツアー出発時をのぞいてそのような警告は受けていません。3名の逮捕理由は公安条例(注)違反や公務執行妨害となっていますが、その事実がないことは、私たちが記録した映像にすべて明らかです。また、「参加者が警察に暴行を加えた」といった報道は、警察の意図的な歪曲によるものです。参加者が警察に暴力をふるったという事実などいっさいありません。

■接見妨害と不当な10日間勾留
 その後、3人が留置された渋谷警察署に、私たちは不当逮捕を弾劾するとともに、接見と差し入れを求めました。しかし同署は、接見禁止処分がだされていないうちから面会を拒絶し差し入れも拒否しました。また5時ころ到着した弁護士に対しても接見を認めず、到着後2時間にわたって弁護士接見を妨害しました。面会と差し入れが可能になったのは、午後7時を回ってからです。その後、28日になって3名には10日間の勾留と接見禁止処分がつけられました。警察は不当な弾圧を加えたばかりか、接見交通すら妨げ被疑者の法的権利をも公然と蹂躙し、不当な監禁状態を続けているのです。

このような非道を、私たちは絶対に許すことができません。
 私たちには、いつから歩道を歩く権利がなくなったのでしょうか。数十名の警官に歩道を歩く私たちを過剰に規制させ、まるで予定していたかのように弾圧の命令を下したのは誰でしょうか?
 虚偽の情報をマスコミに伝え、3人にありもしない罪を着せようとしているのは? 
 警察はいつもこのように、自分たちから仕掛けてきて、その禍いを私たちになすりつける。
 麻生首相の豪邸を「見物」されることすらおそれる警察は、私たちの仲間の自由と生活を踏みにじることにはいっさい躊躇がない。
 警察は麻生を守る。
 ならば、私たちは私たちを守る。

怒りをこめて言う!
3人の仲間を、即時解放せよ!
ツアーへの不当弾圧を、謝罪せよ!
麻生太郎首相は部下の不始末の責任をとれ!

2008年10月29日
麻生でてこい!!リアリティツアー救援会

注)東京都公安条例は「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。」(憲法21条)」とした憲法に違反している。だがその条例においてすら「この条例の各規定は、第一条に定めた集会、集団行進及び集団示威行動以外に集会を行う権利を禁止し、若しくは制限し、又は、集会、政治運動を監督し若しくはプラカード、出版物その他の文書図画を検閲する権限を公安委員会、警察職員又はその他の都吏員、区、市、町、村の吏員若しくは職員に与えるものと解釈してはならない。」(第6条)としている。


わたしたち救援会は、ツアーにたいする今回の不当弾圧に断固抗議するとともに、3名の即時釈放を要求します。抗議声明への賛同をお願いいたします。

声明に賛同します
★賛同
・個人の場合
お名前     (             )
肩書き(あれば)(             )

・団体の場合
貴団体名    (             )

★連帯・支援のメッセージ(お願いします)

声明賛同ないしメッセージはasouq(at)sanpal.co.jp に送ってください。※(at)
は@に置き換えてください

★救援会カンパ宛先
・郵便振替 00110-6-317603 口座名 フリーター全般労働組合
※通信欄に「asou」または「あそう」と大きくお書きください

・銀行振込 みずほ銀行 中野北口支店(243) 普 1025488 ヤマグチモトアキ

2008年10月30日 (木)

南條直子写真展

南條直子写真展
●南條直子写真展
1988年10月1日アフガニスタンで戦闘取材中、地雷に触れて亡くなった南條直子さんの写真展を行います。
是非、ご来場下さい。
◇2008年11月28日(金)〜12月7日(日) 12:00〜19:00
◇パオギャラリー 
東京都中野区東中野2‐25‐6パオコムパウンド3F
◇ 11月28日(金)/18:00〜21:00 オープニングイベント(音楽ライヴを予定)
◇ 11月30日(日)18:00〜
野中章弘氏(ジャーナリスト)
による講演会「写真報道の現在(仮題)」(定員:40名)
http://www.paoco.jp/

2008年10月20日 (月)

宮城刑務所では、こんなヒドイことが行われているぞ!

 宮城刑務所で今、一人の受刑者に行われているイジメ、人権侵害、暴虐!このままでは、殺されてしまうんじゃないか!
 こんなことを黙って見ていてもいいのだろうか?犯罪を犯したら、何をされてもいいのだろうか?
 僕たちに関係ないことではない。僕たちもいつ犯罪者とされて、受刑者の境遇に落とされるか分からない。やってなくても(無実でも)、冤罪で…。そんな時に、こんな処遇をされたのではたまらない。是非、多くの人たちにこの事実を知ってほしい。

平田三男さん   (56歳)
・銃刀法違反・殺人(懲役14年)で宮城刑に2004年2月ごろ入所(宮城刑入所して4年)。
・再犯。前刑でも宮城刑に収容された。その際、処遇問題で刑務所を相手に民事訴訟をおこした。
・1996年5月、事故で頸髄を痛めて、後縦靱帯骨化症が発症。
  両足がしびれ、走ることはできなかったが、歩くことには少し支障がある程度だった。
〈暴行・暴言について〉
・宮城刑のカメラ付き厳正独居でもう3年6か月。
・「飛行機」と称して、両手両足をつるしてそのまま勢いをつけて廊下に放り投げられた。
・前昼夜間独居担当の統括、主任係長これまで30回くらい、襟首をもって廊下を引きずられた。
3舎2階26房が自室。2階は1房から26房まであり、房が2メートルとして52メートル、そこから調査室まで14メートルくらいで合計66メートル。往復で132メートルを。
・前昼夜間独居担当の統括、主任係長が殴る蹴るの暴行・・30回程度、2年近くも暴行が続いている
・副担当が居室に土足のまま入ってきて、腰、足を5、6回蹴り上げるといった暴行が50回以上。最近では6月15日と16日に同様の暴行を受けた。
・職員に毎日、「早く死ね、早く死ね」「虫けら」と罵られる。
・職員が毎日10回くらい居室にきて、「座って仕事をしろ」と言う。3度の食事の際に、20秒ほど座って食事を受っていることをもって、処遇首席が、「座って仕事をしろ」 と言う。
・いままで1日10回くらいだった副担当の「起きて座って仕事しろ」と言っていたのが、7月30日からは正・副担当の2人で1日20回に増えた。
〈処遇の不当性について〉
・2007年4月か8月、仙台弁護士会宛て発信不許可
・救援連絡センター、監獄人権センター、仙台弁護士会人権擁護員会宛ての発 信を毎日申し出ても願箋をもらえず、やっと7月16日朝に願箋提出、実兄宛のものと 一緒に5通出した。しかし、5通のうち4通は朝の願い事の際に願箋4枚を申し出たが、無視。巡回中の首席・統括・係長らに直訴して、やっと1回1枚の願箋をもらい、発信 許可をとり残りの4通出した。
・1年以上、願箋を無視されて手紙が自由に書けなくなっていた。願箋を願い事で申し出てももらえない。
・今年第3統括が交代した。やはり願箋がもらえない。
・副担当によってこの1年間、「お前に見せる官本はない」と言って官本の貸与拒否。
・新しい主任係長も官本の貸与を拒否。
 雑役夫に訊いたところ、副担当から、「26房には官本は見せなくていいと言われている」と言っていた。
・毎夕居室に入る私物のボールペンは6か月間入れてもらえず、手紙が書けず弁護士会へも訴えられなかった 。
・夜の担当に言って官物のボールペンを1時間だけ借りて、5通の手紙を書いた。
・Mさんの返信が交付された日に私物のボールペンが居室に入るようになった。
・暴行を受ける度に管区長に苦情申立したが、何の改善もない。
・この1年間に30日の懲罰を10回くらい受けた。
・午後3時になると、毎日、主任係長が来て、反抗だ、調査にすると言って帰る。
・毎月の保護房に収容される。5、6日保護房に入れ、食事は2口しか入れず、真冬には1日に5、6回、顔に水をかけ、ゴキブリアースを吹きかけられた。
・昼夜間独居担当の統括、主任係長は2008年4月に交代。現在の統括、主任係長は直接暴行等はやらないが、調査・懲罰を繰り返している。
・8月7日、あまりにしつこく言うので、雑役夫2人の前で、副担当に、「うるさい、このやろう」と言ったら、連行だ、調査だとなり、調査。
・居室にある机、私物箱、ソース、しょう油、掃除道具等を引上げられて2年になる。しょう油、ソースを2年も使用していない。
・1年6か月以上、掃除道具を引上げられているので、居室の掃除ができない。ホコリだらけ。ホコリが1㎝くらいたまっているところもある。天井にもクモの巣が2メートル もつながっているところが3か所。
・1週間に1から2回ある捜検では、刑務官は扉から1歩入ったところで部屋を見て、一切物には触れず、「部屋がきたない、くさい、掃除しろ」と言って帰る。
・懲罰を受ける際には、その日に医師の診察をうけるように決まっているが、最初の2回だけ医師の診察があっただけで、その後、現在まで一度もない。
・取調べでは一切調書がない。弁解書を強制的に書かせ、調書としている。
・懲罰審査会にも出席したことがない。
・昨年1年で入浴は4回。今年は3月上旬と7月上旬の2回。4か月に1度の入浴。正月前後も入浴させてもらえない。
〈病状と医療について〉
・宮城刑に入所したころは歩行に多少支障がある程度であったが、暴行を受けるたび両足にしびれと痛みが走り、入所1年半で歩けなくなった。痛くて夜も寝られない。
・食事も寝たまましている生活。
・腰から両足にかけて完全にまひ、しびれており、血がかよっていないように両足が冷たい。両足指が全く動かない。
・両足全体に重度の白癬菌。
・両下肢に拘縮がみられる。
・移動は車イス介助。背もたれと手すりがないと座位がほぼ不可。半年前からは3分以上座位の保持 ができなくなった。
・7月1日から、便所で用をたすことができなくなった。
  便所の25㎝の高さが上がれず、畳の上で横になって尿器を使用。大便は居室に入っているバケツの中にしている。側臥位状態で、バケツを横にしてやっている。終ったら自分で洗面台にてバケツに水を入れて便所に流している。
・1年前、2か月に1回、所外の病院からくる整形外科医師の診断で「かなり難しい状態だ」と言われたが、刑務所当局は「どこも悪いところはないと医師が言っている」と言う。
・医務は5か月に一度の診察。治療も投薬もない。
・痛みを訴えているのに、主任係長は、「足を動かすリハビリをしろ、痛みがとれるか ら」と言う。
・病舎に移ることを希望しても、統括、主任係長は、「お前は病舎へは行かせない」「死ぬまでここにいろ」と言う。
○ 2008年7月18日、現状の告発と救済を求める私信(7月7日付)落手。
同月19日付けで仙台弁護士会・人権擁護委員会に人権救済を申立。

このイジメ、人権侵害に「やめろよ!」とひと言でも書き送ってほしい宛先
宮城県仙台市若林区古城2丁目3番1号

宮城刑務所  宮城刑務所長
 

2008年10月16日 (木)

あの井上アトムが来た!

 昨秋、救援連絡センター主催、世界快ネット協力で「獄中者の健康法講座」という講座をしたんだ。その時講師をしてくれた井上アトムが来日している。今秋、センター主催で同じような講座をできるかどうか分からない。しかし、多くの人たちには、アトムの講座を聴きに行ってほしいと思う。この国の医療があらゆるところでアテにならなくなってきている時だからこそ、自分自身でできる医療を身につけてほしいと思うんだ。これからアトムはいくつかの講座なり、集まりをもつそうだ。そうしたところに行ける人は行ったらどう?「11.pdf」をダウンロード

「12.pdf」をダウンロード

大阪の10・12死刑廃止!殺すな!105人デモに参加して来たぞ!

Pa120026
 片道4,500円の高速バスは安かったが、オジサンにはキツかった。しかし、ビンボー人には選択肢は無かった。そんなお疲れ気味のオジサンも大阪のデモに参加したら、元気がモリモリ出てきたぜ。死刑廃止を求めて、全国の限定的各地から集ったのは183人だった。少ない?トンでもハップン!その183人は3乗、4乗、5乗にもなる人ばかり。全国の限定的各地へ戻って行ったら、それこそ大集会が幾つもできるってもんだ。確信犯ならぬ核心叛ばかり。デモは、盆踊りのヤグラみたいな台車を先頭にズラリ、ズラリと大阪の街をオロチのようにのたくった。アメリカ村とか言う東京の原宿みたいなところも真ん中をズラリ、ノタリと闊歩、闊歩。たくさんの若者がなんじゃ?何じゃ?と興味津々の顔並べて、ご覧候。交差点では、山車ならぬ台車ヤグラがグルグル回り、警官たちもグルグル回る。僕の頭は初めっからグルグル回りっぱなし。1名の逮捕者も無く、無事にその日のデモは終った。心地よく、みんながデモに酔ってござ候。オジサンは、交流会に参加してから、サッサと高速バスの上の人となった。

 

2008年10月 9日 (木)

獄中医療についての懇談会

 昨日、10月8日に獄中医療についての懇談会という集まりをもった。この間、救援連絡センターへは獄中者からの劣悪な医療実態について救いを求める手紙が多く送られてくるようになった。監獄法が新しくなったわりには、医療実態はお粗末の一言でしかない。経費削減と云うこともあるのだろうか、薬さえ出し惜しみしているところもあるようだ。また、管理処遇の手段化としての最悪の状態もある。つまりイジメの手段として、「この野郎!よくも官に逆らってくれたな!カラダが悪くなっても治療なんかしてやらんもんね!」といった暴虐も行われている。人々の目が無いので、一層極悪非道をしているようだ。そうした行刑政策の闇に光を当て、ジメジメ腐臭紛々たる行刑施設に風を入れ、スッキリ爽やかにして、獄中医療を改善させてようじゃん、というのがこの懇談会を始めた意味。とにかく、ひどいぜ!この間の検察と警察によて作られた冤罪事件を見ても分かるように、普通に暮らしている人でも、いつなんどき事件の犯人とされてしまうか分からないのだ。獄中では、まともな医療などは受けられないのは覚悟しておいた方がいい。ガンなんぞになったら、ハイそれまでよ、なのである。塀の外の社会でやらずぶったくりの介護保険制度があるのだから、塀の中ではもっとヒドイ状況が進行しているのだ。悪いやつには、当然だ、なんていう奴には、一度入って体験してもらおう。ま、体験したら生きて出て来れないだろうがな。死刑判決や懲役刑を食らって、その上さらに治療なしイジメ罪が加算か?ふざけんじゃないよ!だぜ。 

2008年10月 6日 (月)

やっと編集が終った。

 今日、無事「救援」の編集が終わり、ホッとしているところだ。この編集が終るまでは、大変だ。他の事に手が付けられない。しかし、編集は面白い。自分なりの紙面展開ができるので、いろいろ試しているところだ。「救援」は、ある特定の集団の読むものではない。だから誰でもが読みやすいような紙面へとさらにしたいと思っている。今度の号では、山中事務局長がお相撲さんのおかしな社会について書いている記事もある。できたら購読して読んでほしい。万年財政危機の救援連絡センターを救うには、協力会員と購読者をもっと増やさなければならないのだ。その為にも、読んでもらえるタメになる「救援」にしていかなければならないんだ。獄中者の読者は、なんと800名の大台に乗ったようだ。獄中者は、金もない、働いて金を稼ぐこともできない人が多いから、無料で送ることが多い。だからか、希望者は鰻登りである。読んでくれる人が増えることは良いことなのだが、万年財政危機のセンターが、このままいつまでも持ち堪えられるわけもなかろうから、現状を維持することがむずかしくなるだろう。

2008年9月15日 (月)

こんなコンサートがある。”室内楽はいかが?” vol. 12 「ショパンの手紙」

●● 崔善愛さんからの贈り物(第2回)●●●

== 室内楽の素敵なコンサートはいかがですか? ==
== チケットの代金が闘う人々の支援に使われます!==

【多田謡子反権力人権基金運営委員会】

 在日3世のピアニスト崔善愛(ちぇそんえ)さんは、おつれあい
でチェリストの三宅進さんと一緒に、室内楽の素敵なコンサートを
長年続けていらっしゃいますが、このたび10月26日のコンサー
トチケットを、多田謡子反権力人権基金に寄付してくださいました。
下記にしたがって応募いただいた方に、崔さんが寄付してくださっ
たチケットをお送りいたします。
 4月27日の一回目の「贈り物」にはたくさんの方々から応募が
あり、当基金への大きな支援となりました。
 今回の主な演目はショパン。強大な近隣諸国に蹂躙された祖国ポ
ーランドを思いながら、異境パリで紡ぎ出された名曲の数々を、 
「ショパンの手紙」とともに味わってみませんか。
 素敵な室内楽が堪能できて、それが闘い続ける人々を支援するこ
とにつながります。これは大変にお得なことではないでしょうか。
今回もまた、たくさんの皆さんからのチケットの申し込みが寄せら
れますよう、お待ちしております。

●● ”室内楽はいかが?” vol. 12 「ショパンの手紙」●●

・10月26日(日) 午後2時開演
・会場 東京文化会館小ホール(東京・上野公園内)
・チケット代金 1枚4,000円

 プログラムの詳細、応募方法等は下記サイトをご覧下さい。

http://tadayoko.net

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●● 第20回反権力人権賞受賞者推薦のお願い ●●

 多田謡子反権力人権基金では今年度の受賞者推薦を受け付けてい
ます。受賞者には多田謡子の著作「私の敵が見えてきた」と副賞の
金10万円が贈呈されます。12月20日の第20回受賞発表会で
受賞者の講演が予定されております。この件についても詳細は下記
サイトでご確認ください。

http://tadayoko.net

2008年9月 2日 (火)

秋は、集会がわんさか!加須で大阪でわんさかさ!

*加須で映画『靖国』自主上映会をやります
日 時:9/20(土)14:00(開場13:30)
場 所:市民プラザかぞ・多目的ホール
(東武線・加須駅から徒歩4分、0480−62−0200)
入場料:前売券1000円、当日券1200円
主 催:映画『靖国』加須実行委員会(友野 0480-61-9088)
協 力:平和を考える加須市民の会


*死刑廃止!! 殺すな!!
       105人デモ
2008年10月12日(日)
 集合・南堀江公園
 開始・12時30分
 出発・14時
 主催・かたつむりの会
*南堀江公園は、
大阪市営地下鉄千日前線桜川駅下車(5番出口)徒歩3分。
 桜川は、なんばの隣りの駅です。新大阪駅から30分強。
 新大阪(地下鉄御堂筋線)→なんば(千日前線)→桜川。
*デモ終了後、17時30分より交流会を行います。

連絡先・かたつむりの会 大阪中央郵便局私書箱1191号
    振替 00900‐3‐315753
    http://homepage2.nifty.com/katatsumuri/index.html
    デモに関する情報は、下記blogにも掲載されます。
    おさきまっくろ http://saluton.asablo.jp/blog/

2008年8月21日 (木)

こんな写真展



ギャラリーTEN

大島俊一・写真展 
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「戦争を止める人々」
・8月19日(火)~31日(日)
12:00
18:00/Last17:00
(月)close
SHUNICHI OSHIMA

『救援』紙上で、山谷の日雇い労働者、沖縄、新宿の野宿生活者、カンボジアにおいて生活する人々の写真を紹介しつづけてきた大島俊一さんの写真展を開きます。場所は台東区谷中の画廊『ギャラリーTEN』(地下鉄「根津駅」下車)大島さんが特に「戦争を止める人々」として掲載してきたものに目をつけた写真展。

2008年8月15日 (金)

今日は、「救援」発送日!

 午前中に届くはずの「救援」が、未着。この暑さのせいなのか。宅配便の運転手が道に迷ったのか?果たして、「救援」は無事発送できるだろうか?今回は、写真もたくさん入れて力を込めて編集したものだ。きっと、みんながいいというものができただろう、、、、かしらん。発送が終わって初めて、「救援」の編集作業が完了したと言えるのだ。そして、数日のホッとする時間ができる。その間、編集のことは考えないでおく。それにしても遅いなぁ。どうしたの?

2008年8月12日 (火)

暑いので、ブログも怠けていた。

 あまりにも暑くて、頭がボーッとなってきた。僕もgomihiroshi と同じように、体調不調になってしまうのではないかと思ったりする。gimihiroshiが復調するまでの間、東アジア反日武装戦線のHPもしばらくはお休みになるみたい。僕もカラダには気をつけようっと。お酒飲むの止めようかしらん。

2008年7月30日 (水)

雷が鳴る鳴る編集の夜

 昨夜は、夜10時近くに、雷が鳴りスコールの夜となった。おかげで、JRが止まり、ちょっと混雑過多で、帰りが遅くなった。かえったのは12時近くだった。温暖化の影響ひしひしと、日本は亜熱帯へと突き進む?編集は、原稿の集りもまあまあ。この調子なら、無事に夏休みへと突入できそうだ。

2008年7月29日 (火)

25日、宮城刑務所に行って来たぜ!

 仙台の友人のところへ行ったついでに、宮城刑務所に寄って来た。誰かに面会して来ようと思ったのだが、果せなかった。昔、東拘で一緒に獄中処遇改善闘争をやっていた人に面会を申し込んだのだが、相手が私の顔を分らず、面会ができなかった。そりゃそうだ。私と彼とは、獄中で手紙のやり取りでしか付き合って来なかったのだ。顔なんか分かるわけがない。面会相手の氏名を答えられないと、面会を許可しないのだ。手紙を出しておけば良かった、と悔やんだ。後の祭り。

2008年7月19日 (土)

援農に行く

 今日は、山谷の労働者たちと援農に行った。運転手が居ないので、やってくれということで引き受けた。東京からかなり遠くにあるところだ。日が悪く、ちょうど三連休のはじめの日ということもあって、道路の混むこと混むこと。東京を出るのに2時間も掛かってしまった。おまけに、車はマニュアル車だったので、ギヤーチェンジに苦労した。ずっとオートマチック車に乗っていたので、慣れない車には往生したぜ。高速を走っているときに、ギヤーがうまく入らずにあせったぜ。よくぞ生きて帰ってこられたもんだ。なーんちゃって!疲れたよ。

2008年7月15日 (火)

「救援」発送の日

 印刷所から「救援」が届いた。今日は,4人だけでの発送作業。予想外に早く作業は終った。この作業が終ると、やっと「救援」の仕事も終わったというカンジだ。私は、新宿にある模索舍に納品へ行った。「救援ノート」がけっこう売れているようで、50冊納品してくれと言われた。今日は、昨日と同じで、なんか熱中症だったみたい。頭がズキズキ痛み、ボーッとした状態。私もいつ倒れるか分らないなぁ。

2008年7月10日 (木)

サミットで東京には、警官が多かった。

 そこら中に、警官がウジャウジャ。だからか、この間、職質されるという人が多かったようだ。私は、まだされたことがない。私のようなオジサンよりは、青少年が職質対象になりやすいようだ。サミット警備時は、警察も職質でそう時間をとってもいられないので、適当な時間で切り上げていたかもしれないが、サミットが終わって、時間もあるので余裕を持って攻めかかってきそうである。青少年だということで、やたらに職質されて、バックの中を見られちゃ、かなわないよね。もし、時間があれば、のんびりと警官とつきあってやるのもいいかもしれない。警官が、「オイ、ちょっと」と呼び止め、「この近辺で事件が起こって、その犯人を捜査中なので」云々と言ってくることがある。しかし、警官が、漠然としたことを言ってきても応じる必要はない。どんな事件があったのか、あなたを職質するに足る理由を具体的に説明する必要が警官にはあるのだ。何もしていないあなたをあやしいというだけで、身体拘束したり、強制的に連行したりできない。職質は、あくまで任意捜査の一環としてあなたの同意・承諾を得なければできない。だから、毅然とし態度で拒否して普通に歩いて去る限り、警官も手出しできない。しかし、オドオドとした態度で逃げ出したりすれば、ワンちゃんと同じで、ワンワンと追ってきて、現行犯だ!などと言って、逮捕される怖れもあることはある。
 とにかく、気を付けよう。街を歩けば警官に当たるほどのサミット時ではないだろうが。

 大阪では、あの釜ヶ崎暴動の事後弾圧で逮捕者が続いている。あれは、日頃警察にやられ続けた労働者の怒りが爆発したのだ。

2008年7月 4日 (金)

アイヌモシリは今

北の大地から報告が届いたよ!

既に「G8サミット」は私たちの北海道(アイヌモシリ)から立ち去っているでしょうか。出来ればこの世界からも、お引取り願えれば、きっともっと平和な世の中になるのではないか、とも思うのですが。

 とまれ、北海道の現況(6月25日現在)を報告します。

<野宿者排除>

札幌市は札幌駅前バスターミナル内に寝泊りする人々の締め出しを図り始めています。ターミナル内は「寝泊り禁止」として警備員が巡回するそうです。夜間も出入りが可能なバスターミナルは、野宿者が安心して体を休めることの出来る空間でした。「サミット」を理由に弱い立場の人々の人権が蹂躙される事態に対し、私たちは抗議していきたいと考えます。

<自転車>

札幌市内の自転車取締りが強化されているようです。自転車が多く行き交う札幌駅前の交差点周辺には私服の刑事が徘徊し、職質を行っています。また、少しの間自転車を停めていたところ、すぐに自転車を撤去された、という報告が入っています。直接にサミットに関連するか分かりませんが、管理強化の一例としてあげておきます。

<検問>

 北海道の物流の大動脈である「国道237号線」。洞爺湖への最短ルートであるところのこの道路では、幾重にも検問が張られています。特にレンタカー、道外ナンバーの車には厳しくあたっているようです。新聞でも観光客が洞爺湖方面への旅行を回避している(6月期は2割程度減少の見込み)との報道です。

<花火大会>

 道警は花火業界に対し、サミット期間前後の打ち上げ花火の使用を自粛することを求めています。その結果、道内全域で花火大会の中止が相次いでいます。また発破を行う砕石業者の業務にも影響が出ています。いったい彼らは何をしたいのでしょうか?

平穏な市民生活を脅かしているのは「過激な反グローバリズム運動」などではありません。「サミット警備」そのものではないでしょうか?

 私たちはこの間、6月15日「G8サミットに異議あり!交流集会」を洞爺湖現地において、6月22日「新自由主義グローバリゼーション反対!G8サミットに反対する札幌集会」を札幌市内でかちとってきました。それぞれデモにも取り組みましたが、過剰警備は目に余る限り(札幌なのに警備は広島県警!)ですが、集会参加者への弾圧もなく、成功裏にやりきりました。

 私たちは反G8サミット北海道(アイヌモシリ)連絡会は、小さな、本当に小さなネットワークです。しかし、私たちは猪野亨弁護士を先頭にした弾圧・人権対策の構築、そして地道な活動の積み重ねを通じてかちとってきた北海道住民からの共感と注目のなかで、権力が「うかつには手を出せない」情況を創り出せたのではないか、と考えています。

 とはいえ、安心は禁物です。7月の対抗行動、そして事後弾圧。むしろこれからが私たちの創ってきたものの成果が試されるのだといえます。

 もし、反G8運動の大成功に対する反動として、弾圧の嵐が吹き荒れるようであれば。

全国の皆さんには、ぜひ、更なる注目とご支援をお願いしたいと思います。

反G8サミット北海道(アイヌモシリ)連絡会


011-0022札幌市北区北22条西2丁目12 静麗荘28

http://renrakukai.blogspot.com/ renrakukai@gmail.com

郵便振替02760-6-97407反G8サミット北海道連絡会

2008年6月30日 (月)

こんなメールが廻って来た。

大阪の日雇い労働者の街=釜ヶ崎で、6/13から5日連続で、
西成警察署に対する抗議行動がおこなわれ、それはマスコミ
でも「暴動」等と報道されましたように、大きなうねりとなりまし
た。詳細は下記の「抗議声明」をご覧いただきたいのですが、
大阪府警は、抗議行動に参加した労働者18人を逮捕したの
みならず、高圧放水車での「制圧」中にケガを負わせたる等
のなりふり構わぬ弾圧をやってきました。そしてまた、今回の
抗議行動を呼びかけた釜ヶ崎地域合同労組の稲垣浩さんを
「道路交通法違反」(道路で無許可の街宣をおこない、著しく
交通のジャマになった、という理屈のようです)で不当逮捕し
ました。このような弾圧に対し、釜ヶ崎内外の日雇い労働者・
野宿生活者の支援等をおこなっている個人・団体が中心とな
って「6・13救援会」を結成しました。
そこで、取り急ぎ皆さんへのお願いなのですが、(1)今回の
「暴動」の実態を多くの人に知ってほしいと思っています。こ
のメールを友人・知人の方に転送してください。
(2)このメール末尾の「抗議声明」にご賛同下さい(第1次締
め切りは7/4〔金〕です→FAX・O6-6647-8278 
E-Mail:iryouren@air.ocn.ne.jp)。
(3)7月5日に抗議集会・デモを行う予定です。大阪周辺の方
は、ぜひご参加下さい
(「大阪府警・西成署の暴力を許さない!逮捕者を返せ!7.5
緊急集会」7月5日
〔土〕午後3時~、釜ヶ崎・三角公園にて、
お問い合わせ・O6-6647-8278
 E-Mail:iryouren@air.ocn.ne.jp 釜ヶ崎医療連絡会議)。
(4)上述の稲垣浩さん(現在大阪府警本部にて勾留中)の「勾
留理由開示公判」が7/2(水)午後1時40分~、大阪地裁1005号
法廷でおこなわれます。平日昼で参加しにくいかと思いますが、
ご都合のつく方は、ぜひ来てください。
皆さん、どうぞよろしくお願いします。
----ここから抗議声明-----
抗義声明
 2008年6月13日から6月17日まで、釜ヶ崎で日雇労働者は西
成署を糾弾する闘いに起ち上がった。結果的に暴動という形
態で起ち上がった日雇労働者らによる闘いに対し、大阪府警・
西成署は、大量の機動隊と高圧放水車により、徹底的に力で
封じ込めようとした。この結果、機動隊の隊列の中に引きずり
込まれて、リンチを加えられた労働者や、高圧放水車の放水
により、肋骨を骨折したり放水を右目に受け、手術を受けなけ
ればならないほどの重症を負った労働者も現れた。そして、大
阪府警・西成署は18人の労働者を「公務執行妨害」の容疑等
で現行犯逮捕し、釜ヶ崎地域合同労働組合(釜合労)の稲垣
浩委員長も、6月18日に、「道路交通法違反」の容疑で令状逮
挿された。さらに現段階(=2008年6月27日現在)では、すでに
4人の労働者が起訴されるに至っている。私たちは、大阪府警・
西成署によるこの弾圧を許さない。そして同時に暴動という形
態で起ち上がった日雇労働者らを支持する。
 今回の日雇労働者らによる西成署を糾弾する開いは、労働
者Aさんの訴えが発端となった。2008年6月12日の夕方、Aさん
が飲食店での出来事から西成署に連れて行かれ、そこで警察
官によって暴行を受けたというのだ。
 翌日の2008年6月13日、Aさんから相談を受けた釜合労は西
成署前での抗議行動を行った。釜合労が抗義行動を行うと、続
々と日雇労働者らが西成署前に集まり、抗議行動に合流。そし
て労働者は、暴動という形態で西成署を糾弾する闘いに起ち上
がったのだ。この労働者の闘いに対し、西成署は「(Aさんへの)
暴行の事実はない」というコメントを発表したのみで、後は、大量
の機動隊と高圧放水車までをも動員し労働者の闘いを圧殺しよ
うとしたのだ。
 多くのマスコミもまた、警察の発表を鵜呑みにして、あたかも釜
合労が、今回の労働者の闘いを扇動したかのような報道を続け
ているし、現場に駆けつけた若者らを「騒動に便乗する若者」と報
じ、労働者と若者を分断しようとしている。しかしながら、西成署に
よる労働者への暴行は、釜ヶ崎において決して「突出」したことで
はない。
 2004年12月の西成署内における労働者への暴行事件(この時
の抗議行動でも後日稲垣浩さんが逮捕された)、釜ヶ崎内15ヶ所
に設置された西成署と直結する監視カメラの存在、西成署内で労
働者を指す「450(汚れ)」という隠語、シノギ(蕗上強盗)にあって西

成者に駆け込んでも「お前が悪い」と追い返す警察官…。こういった

日々警察から受ける侮蔑と蔑視、さらには、ゼネコンを頂点に手配
師・人夫出し業者を末端とする重層的下請構造の最下層で、資本の
意のままに使い捨てられる労働力として存在させられている現実の
中で、西成署前に集まった労働者らはAさんへの暴力事件を「我が
事」と受け止め、自らの意思で、資本=支配権力の象徴とでも言う
べき西成署を糾弾する闘いに起ち上がったのだ。
 又、「騒動に便乗する若者」とあるが、若者たちが労働者と共に、
連日に渡って、西成署糾弾の闘いを続けたのは、若者たちが、今、
置かれている状況も、例えば派遣労働に象徴されるように、その
本質において釜ヶ崎日雇労働者と同じものである事を、敏感に感
じ取ったからではなかろうか。
 私たちは警察による弾圧を許さない。暴動という形態も含めて、
西成署を糾弾する闘いに起ち上がったすべての人々を支持する。
大阪府警・西成署は暴行を加えたすべての労働者に謝罪し、1人
1人にきちんと補償を行え!警察・検察・裁判所は、逮捕し起訴し
た仲間をすぐに釈放せよ!
《皆さんへのお願い》
(1)この抗義声明への賛同を募ります。賛同していただける方は
個人、団体名、公表の不可を、2008年7月4日(金)まで【第1次集
約期限】、下記のFAXか、Eメールにお知らせ下さい。個人名で肩
書きを公表いただける場合は肩書きもお願いいたします。
(2)弁護士費用など、何かと必要になります。たいへん恐縮です
が、みなさまのご支援におすがりするほかない状況です。カンパ
へのご協力をどうかよろしく
お願いします。
2008年6月30日(月)
6・13救援会
【連絡先】大阪市西成区太子2-1-2 釜ヶ崎医療連絡会議気付
    TEL/FAX O6-6647-8278
     E-Mail:iryouren@air.ocn.ne.jp
【カンバ振込先】
郵便振替口座00990-8-302431(加入者名:釜ヶ崎炊き出しの会)
※)通信欄に「6・13救援カンパ」と明記して下さい。

2008年6月29日 (日)

当番日

 今日は、当番の日だった。雨が降っていると、気分もウェット。新宿と渋谷の2カ所で集会とデモがあった。新宿の方は。逮捕者が出なかったようだが、渋谷の方は、結局8名やられたようだ。僕の居る間に弁護人選任届けが1名入っただけだった。

2008年6月26日 (木)

救援リーフレットを作りました!

 最近は、洞爺湖サミットの警備とかで、街のアチコチでうっとうしいかぎりだ。テロの危険があるとかで、車内放送は頻繁にがなり立てる。テロはテロでも、国家テロでないの?警察や軍隊のテロは、取り締まらないの?地球は今、一握りの金亡者たちによって、テロられているんだぜ。人類の生存も危うくなっている。温暖化などの気候変動で、生きものの絶滅種が増えているしね。
 今、国家テロがなされている中で、それに反対し、自由と生存のために闘っている人たちに対する逮捕等の弾圧が激しくなって来ている。オチオチしておられんわい。そんな状況だから、今回こんなリーフレットを作ってみました。
問い合わせは、救援連絡センターへ!
 A
B

2008年6月15日 (日)

有意義な一日

 晴れた暑い日だった今日、私はNPO法人「世界快ネット」の定期総会に行って来た。文京区民センターで行われた。私も正会員として登録してある。飲尿歴一筋、20年というだけで「世界快ネット」の会員然という顔をしているのだから、困ったちゃんである。今回は、べてるの家の向谷地 生良氏の講演もあった。「弱さを絆に」というテーマである。弱さは悪いことではない。弱さとは経験。弱さを共有化する。弱いからって、悪いのかぁ?モンクあっか?弱さを見つめる。あるがままから始める。弱いと云うことは良いことだよ。肩肘はって頑張る必要ないから、ラクで良い。‥‥‥と勝手に講演の話を解釈してしまう。遠からず、でも近からずかな。

2008年6月11日 (水)

G8サミット司法・内相会議の開催に抗議するアクション

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それにしても警備の警官が多すぎる。わずか十数名ほどの抗議行動に、その二、三十倍の制服警官と私服警官が囲んだ。いやはや、税金の無駄遣い。

2008年6月 7日 (土)

デモと芝居

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今日は、G8サミット内相会議への抗議運動があった。恵比寿での集会とそこから渋谷宮下公園までのデモ行進だ。デモ参加者よりも警備の警官の方が多かったそうだ。どちらがデモしているのか分らないなぁ。逮捕者はなし。私は、ちょっと用があり、みんなが解散してから到着。その後、中野某に誘われて水族館劇場の芝居を観に行った。

2008年6月 2日 (月)

隅田公園NO-G8ライブ

 6月1日は、なかなか良いライブだった。P6010012
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2008年5月29日 (木)

お知らせ

■6月21日市民集会
死刑はどうなる?
被害者参加制度と裁判員制度
6月21日(土)
午後1時(開場)
午後1時30分(開演)

文京区民センター3A
都営地下鉄三田線・大江戸線:春日駅A2出口徒歩0分
丸ノ内線・南北線:後楽園駅徒歩5分
JR:水道橋駅東口徒歩10分
参加費:800円

◆裁判員制度とともに導入される被害者参加制度の実態を示す演劇的試み
監督演出:山際永三
出演:劇団・駄菓子屋の皆さん(石田哲也・後藤竜馬・鈴木結沙・中西台
次)ほか
◆パネル・ディスカッション
石塚伸一/竹田昌弘/生田暉雄/安田好弘

来年5月から始まるとされる裁判員制度。並行して進められ
ている刑事裁判への被害者参加。厳罰・極刑が求められたと
き、裁判員はどう応えられるだろうか。市民が否応なく死刑
に直面させられる日が迫っている。

■6月14日
安田裁判控訴審判決報告集会
6月14日(土)午後1時30分~ 
文京区民センター3A
都営地下鉄三田線・大江戸線:春日駅A2出口徒歩0分
丸ノ内線・南北線:後楽園駅徒歩5分
JR:水道橋駅東口徒歩10分
発言:魚住昭・岩井信・安田好弘
主催:安田さんを支援する会
安田さんを支援する会・東京
〒107-0052 東京港区赤坂2-14-13 港合同法律事務所気付
TEL:03-3585-2331 FAX:03-3585-2330
入場無料

【事件名】 被告人安田好弘に対する強制執行妨害被告事件
【宣告日】 平成20年4月23日
【宣告裁判所】 東京高等裁判所第11刑事部 裁判長裁判官池田耕平,裁判官
飯渕進,裁判官金子大作
【判決主文】 原判決を破棄する。/被告人を罰金50万円
に処する。/原審における未決勾留日数のうち,その1日を金
1万円に換算してその罰金額に満つるまでの分を,その刑に算
入する。

これは、虐げられた人々のために闘ってきた安田好弘弁護士
にかけられた「強制執行妨害罪」を名目とした不当な弾圧事
件の控訴審判決である。2003年12月24日、安田さんの無
実と無罪を確信する私たちは東京地裁(川口政明裁判長)で
の完全無罪判決という素晴らしいクリスマスプレゼントを受
けとった。しかし、検察官控訴による控訴審の結果がこれで
あった。裁判を見守ってきた仲間たちは知っている。控訴審
でも検察は自らの破綻を広げることしかできず、安田さんの
無実と無罪はいっそう明らかなものとなっていたことを。し
かし高裁は、罰金刑という、弁護士資格を奪うことのない、
それも未決勾留によって相殺されるという、「このへんで妥
協しろ」と言わんばかりの判決によって、安田さんを逆転有
罪にしてしまったのだ。安田さんも、弁護団も、私たちも、
どうして「妥協」できようか。弁護団は即日上告した。そし
て何と、検察側も日をおいて、安田さんの弁護士バッジを
外させなければあきたりぬと、重罰を求めて上告している。
怒りの報告集会を持ちます。ぜひご参集ください。

2008年5月23日 (金)

2日ぶりのセンター

 今日は、2日ぶりに新橋にやってきた。狭いところにいるのは、どうも苦手だ。独房を思い出してしまう。鉄格子がはまっていないからいいかな。
 今日は、「救援」の編集作業をしに来た。締切はまだ先なのだが、次号は、少し早めに発行しようということになったので、今から始めているのだ。締切があっても、それにキッチリ間に合わないことが多い。私もよく締切を無視して編集者から催促をされることがある。分かっていても、守れないところだけは、私も大作家である。今日は、これから名古屋の違憲訴訟の弁護団の話を聞きに行こうかなと思っている。画期的な判決といわれている。

2008年5月22日 (木)

再び!こんなのやります!宣伝で〜す!

 毎週日曜日午後3時から4時頃まで、隅田川で野宿者による
共同(協働)炊事が行われています。
 場所は、台東区側の山谷堀近くにある築山(つきやま)と呼
ばれる小高い場所です。地図は山谷労働者福祉会館のホームペ
ージの「2008年1月20日医療相談会を行います」の記事の中に
あります。
    http://www.jca.apc.org/nojukusha/san-ya/
 来る6/1の共同炊事の後で、Swing MASAライブが同じ築山で
行われます。MASAさんはこれまでも山谷夏祭りで演奏してくださる
など、私たちとは関わりの深いミュージシャンです。
 今回は、G8サミット反対の連続ライブの1つです。他のライ
ブ予定については、MASAさんのサイトでご覧ください。
    http://web.mac.com/swingmasa/
    http://www.geocities.com/masaband/

**********************
 6・1NO!G8 SwingMASA ライブ
    場所 隅田公園築山 共同炊事場
    日時 6月1日(日) 午後4時
    サックス演奏+歌 Swing MASA

 ********************* 
 わたしらにとって、世界って素晴らしいみんなの宝物なんだ
。ひと握りの金持ちと政治屋たちだけのものではない。奴らが
、金もうけのためにわたしらから仕事を奪い、家を奪い、家族
を奪っていく。民営化だ、なんだのと聞こえのいいこと言いな
がら、結局のところ、金もうけにならなければ、生活保護や医
療保険を取り上げて餓死させたり、病死させたりしているじゃ
ないか。
 この7月に行われる洞爺湖サミットっていうのは、そんな金
もうけしか考えない銭亡者たちが集って、どうやって金もうけ
しようかと話し合う集まりだ。テロリスト対策とかなんとかい
い加減な理由をつけたりしているが、要するに金もうけの邪魔
をする人たち、弱い者、金のない者、病気の者たちのためにな
んとかしよう、支えようとする善意の人たちを押さえつけて、
やりたい放題するための方法を話し合おうという集まりだ。そ
んな集まりのために何億円、何十億円という金を使うってわけ
だ。
 銭亡者の奴らに、「金もうけばかり考えて、お前らばかりい
い目を見ようと思うなよ!」と怒鳴りつけてやろうじゃないか
。わたしらが奴らのやっていることに反対で、怒っていること
を見せてやろうじゃないか。黙っていたら、えれぇことになる
。すでに、アジア、アフリカでは、銭亡者たちの非情なやり方
によって食料が買えなくなった人たちが、飢餓状態となってい
る。このままでは、ホント!えれぇことになるぞ!
行こうぜ!行こうぜ!行こうぜ!どこへだって? 
 北さ、北へさ!
    洞爺湖さ! 盗人どものサミットへ!
世界の富を独占し、その他多くの民衆に飢餓と争いを押しつけ、
      自分らだけがいい目を見ようという奴らに、
    わたしらの気持ちを示してやろうぜ!
       そんなサミットに反対だ!
  そんな思いをサックスの音色に乗せてMASAがおくる。
共同炊事しながら、みんなで考え、話し合いながら楽しもうぜ!
(文責 shaco)
Swing MASA & shaco & 山谷労働者福祉会館活動委員会

2008年5月20日 (火)

昨日も行った共同炊事、今度は、新宿。

 どこにあるって?何がさ?いのちさ!ぼくのいのちさ!どこにもないよ、ぼくのいのち。あったのは、少しばかりの希望と残飯さ。青空の美しさに心奪われたトンチンカン。
 昨日(19日)、新宿中央公園の共同炊事に行ってみた。クルマの運転頼まれた。結局、運転したのは、中野某オジサン。山谷で材料等を積み込んで、一路新宿へ!前夜、ぼくが必死に覚えた道を通らずに中野某オジサンはひた走った。せっかく覚えたのに〜、とぼくは舌打ちしながら助手席にのっていた。初めて観た防衛庁。新宿中央公園の野宿者は、二百数十名。材料を積んだクルマが到着してから少しずつ増えていく。さあ、共同炊事が始まり、野宿者の3分の一ほどが手伝い始めた。そうそう、共同炊事だもんね。施しを受けるのではない。自分たちで準備し食べるのだ。そこから連帯感が生まれる。

2008年5月18日 (日)

隅田公園築山の共同炊事に行ってきたぜ!

 ちょっと誘われたので、墨田公園築山の共同炊事に行ってきた。山谷での準備段階から参加してきた。昔とは違うね。山谷の城北センター前での調理作業なんかは手際よく進められていたな。労働者たちの参加も多く、文字通りの「共同炊事」であった。Swing MASAの6・1ライブの宣伝チラシも撒いた。

2008年5月15日 (木)

怠慢な更新

 いやはや、更新がずっと怠慢であった。もともと僕自身の性格が怠慢、ナマケモノのときているんだから、どうしようもないね。オジサンが、張り切ってやろうと思っても、体力がついていかないってところかな。寝不足なんてのは、大敵だから、睡眠時間はキチンと確保する健康派。徹夜する奴の気が知れない。今、風邪ひき中。急に寒くなったりするもんで、とろい僕は、気候の変化についていけなかった。風邪引いたと言ったら、飲尿療法やっているから健康なんだと日頃言っているくせに、と笑われてしまった。しかし、風邪はガス抜きのようなもので、風邪をひくことによって、大病にはならないとも言える。さて、更新だが。更新するほどのことがないというわけではない。オジサンは、かなり動き回っていることはいるのだ。ただ疲れてしまって、帰宅すると、つい手が出てしまい、一杯が2杯、2杯が3杯となっていくのであった。それで、つい怠慢してしまうのであった。
 さて、お知らせだ。
NO-G8 ライブ
 サックス演奏+歌 Swing MASA
  6月1日(日)午後4時〜
  隅田公園築山・共同炊事場
「行こうぜ!行こうぜ!行こうぜ!
      どこへだって? 北さ、北へさ!
  洞爺湖さ! 盗人どものサミットへ!
    世界の富を独占し、その他多くの民衆に
飢餓と争いを押しつけ、
   自分らだけがいい目を見ようという奴らに、
わたしらの気持ちを示してやろうぜ!
   そんなサミットに反対だ!
そんな思いをサックスの音色に乗せてMASAがおくる。
           
「6108_b.doc」をダウンロード
 みんな、来ておくれ!野宿を強いられている労働者たちと共同炊事をしながら、洞爺湖で開催されようとしているG8サミットについて考えながら、ライブにのっていこうじゃないの!

2008年4月17日 (木)

こんなTシャツができた!

救援連絡センターの電話番号がプリントされたTシャツだよ。これを着ていれば、逮捕されても、すぐに救援連絡センターの電話番号が言える!ゴクイリイミオーイと覚える努力するより、簡単かも。P4170192

2008年4月14日 (月)

今夜、こんなイベントがあるので、来たい人は、いらっしゃ〜い!

************************************
〜のび太さん12年間お疲れ様&shacoさん頑張れ企画〜
Viva!!救援連絡センター part1−入門編−

                  《ごあいさつ》

 桜の時季も終わり、陽光が肌をくすぐるようなやさしさで照らし
てくる時分となりました。
 皆さま、いかがお過ごしでしょうか。さて、今回のメイシャマン
企画Vol.2は 1969年に設立され、警察など国家権力による左
翼、市民運動等への不当な 「弾圧」に対して、逮捕者や負傷者の
救援活動を行なってきた「救援連絡センター」を 取りあげます。
初回は入門編として、救援連絡センターをまず皆で知り、またこ
のような 組織が必要となった経緯を日本の社会運動の歴史ととも
に振り返ってみたいと思います。

 なおこの企画は「職務質問」問題をテーマとして取り上げるな
ど、12年もの長きにわたって センター職員として活躍し、この
2月でいったん正職員としての籍を離れたのび太さんの 慰労と、
元東アジア反日武装戦線さそりのメンバーとして逮捕、13年の
服役を経て 3月から救援連絡センター職員として活躍されている
Shacoさんの歓迎、激励をする 民衆の集まりという位置づけ
も兼ねております。それほど堅い会ではございませんので 「運動
とかようわからん」という方々の多くの参加をお待ちいたしてお
ります。

 翌週、4月22日(火)の同時刻19:30からはpart2−応
用編−と題して、 救援連絡センターに寄せられる最近の案件(薬
物関連、職質・検問関連、公安事件、 暴力団関連等々)、G8に
向けて予想される弾圧と対処方法、救援連絡センターの 未来を語
り合う会を催します。こちらもふるってご参加ください。話者に
はShacoさんに 加えて、救援連絡センターの山中幸男事務局
長をお願いしております。
【ご参考】
救援連絡センター関連
http://kyuen.ld.infoseek.co.jp/about/
東アジア反日武装戦線関連
http://share.dip.jp/shaco/index.html

*********************【進 行】***********************

1.救援連絡センターとは何か?
話者:のび太さん

2.救援連絡センターの歴史〜shacoさんの体験を踏まえて〜
話者:shacoさん&のび太さん

3.活発な質疑応答

4.交流

☆のび太[元救援連絡センター職員]
☆Shaco[元東アジア反日武装戦線さそり
        救援連絡センター『救援』編集担当]

とき:4/14(月) OPEN&START 19:30

ところ:高円寺 素人の乱12号店エンジョイ北中ホール(仮)
http://keita.trio4.nobody.jp/shop/12/index.html

木戸銭:無料(熱いカンパを500円程度!)

主催・問い合わせ:メイシャマン

※JR高円寺駅から中通り商店街を約4分歩いた左手2階です。
   素人の乱10号店・シランプリの向いになります。

2008年4月11日 (金)

お別れ会に出て

200804112138000_2
 10日に鳩山と法務官僚に殺された岡下香さんのお別れ会に出席してきた。山谷労働者福祉会館において、今夜8時から始められた。このところ、死刑執行が頻繁に強行されている。法務大臣個人の性格のせいばかりではなく、法務官僚ー法務省の強固な方針の下に行われていることは明らかだ。岡下さんは、再審請求をしようといていたそうだ。一審判決が無期懲役だったのが、二審で死刑に覆ったのだ。二審の裁判官は、ちゃんと審理もしなかったようだ。本人も、さぞ口惜しかっただろう。ドンドン、法務省のべルトコンベア−が動き続ける。ボンボンと命を消滅させていく。人を殺すことを肯定させ、広めていくことになるのに。岡下さんはの棺の中には、花が好きだった彼の為に花が一杯入れられた。

2008年4月 8日 (火)

編集作業がほぼ終わった。

 いやはや、慣れないもんだからかなり時間を食ってしまった。編集作業がスムーズに出来るようになると、紙面について考えて作っていけるようになるだろう。日刊ゲンダイと部数を競うぐらいに、、、というのは冗談だが。読まずに積んでおく程度のものにならないように努力したいものだ。

2008年3月30日 (日)

3・29反貧困フェスタに行く

 救援連絡センターは、テントブースにて「警察に関する相談」を受け付けていた。しかし、相談に来たのは、1名ほど。警官に職務質問されたというようなことだった。最近、本当に多くなった。洞爺湖サミットへ向けての警備体制強化ってとこかいな。そうそう、こんな「反職質Tシャツ」も売ったりしたが、あまり売れなかった。T_2
けっこう、面白いイベントだった。これまで救援連絡センターがお付き合いしてこなかった種類の人たちが多かった。これから救援連絡センターは、どんどん進出して世界を広げていかなくてはいかんバイ。

2008年3月28日 (金)

編集作業が始まった。

 25日が原稿締切り日だった。さすがに締切り日だ。ドッドと送られてきた。すでに3分の2ほどが揃った。これから割り付けていくのだが、少し忙しくなるな。しかし、慣れてきたことは確かだ。以前よりも作業が早くなったと、思う。
 桜の花が咲き出したよ。花見に行く暇がない。夜桜でも見にいくのもいいかな。真夜中桜かな。
 
 

2008年3月24日 (月)

「救援」の編集開始が迫る

 明日が原稿の締め切りである。少しずつ原稿は集り始めている。しかし、原稿の締め切りなんてものは、僕が支援連ニュースに書く場合はよく間に合わないことになっている。編集のK君には、いつも催促されっぱなしである。ずっと書かずに、フラフラしていて、締め切りの前日になってから慌てて書き始めるのだから編集泣かせなのだ。ま、威張っていられないが。あぁ、明日から1週間ぐらいは、また編集作業でオタオタすることになろうか。編集の仕事は、それはそれとして大変面白いけれどね。
 今日はメガネ屋に行って、メガネを注文した。色付きメガネにした。誰かが言っていた。「シャコって、殿山泰司に似ているわね。」と。僕は、殿山泰司が好きだから、そう言われてもいいけれどね。実は、僕はコミさんも好きなのよ。どちらもツルッパゲなんで、そこがいい!ってわけではないんだけれどね。人間臭いところがいいのよ。スケベなところがいいし。親近感を感じるのかな。何てことを言いながら、頭つるつるなぶって、さてお寝んねだっちゃ!

2008年3月23日 (日)

監獄人権セミナーに行く

 今日は、ポケッとして忘れていた。手帳を見れば、そこには今日の催し物が書かれてあった。多分、行こうと思って、メモしておいたのだろう。どうも忘れっぽい。ひょっとすると、若年性認知症かも。なんて冗談っぽく言っても、冗談には聞こえない年齢になっている僕であった。ま、天然ボケが元々あることはあるのだが。
 忘れていたのは、監獄人権センター主催のセミナー「長期受刑者の仮釈放を考える」だ。日本の仮釈放制度ってのは、極めて恣意的なものではないかと思う。米国でさえ、1ヶ月反則がなければ、数日の刑期短縮がされるという話をどこかで読んだことがある。罪を認めようと否定しようと関わりなくではなかったかな。それに比べれば、日本の場合は、冤罪を訴えたりして、罪を認めなければ、仮釈放の対象にさえされない。いくら模範囚で頑張ってもダメ。僕の知っている無期囚は、監獄当局に「お前は、絶対に出さないからな。」と言われたという話だ。当局がメンツをつぶされたと思い込んでいるみたい。そういうところが恣意的なんだよねぇ。そういうところをなおしていってもらわないと……、というよりは、なおさせるってことかな、やっぱり。
 

2008年3月20日 (木)

今日は集会が多かった。

 今日は、集会が多い日だったね。しかし、僕は今日はどこにも行かずに、家のことをやっていた。介護しながらの活動ってのは、制限みたいなのが出て来てあきまへんな。今日は三浦和義さんの集会に参加したかったのだが、残念ながら行けなかったな。東拘に居た時に、彼とは面会所へ行く時によくバッタリと会ったものだ。会うと、いつも一礼してくれたもので、礼儀知らずの僕としては、慌てて返礼したものである。「一事不再理」原則を踏みつぶして、むちゃくちゃである。日本政府は、応じるつもりだ。余程自分らの裁判制度に自信ないようだ。ここでも米国追随ってか?今日は、共謀罪新設反対 国際共同署名運動主催の「共謀ひろば」というイベントもあった。こちらも面白そうだったのになぁ。
 「救援」4月号の原稿が少しずつ集り始めて来た。また編集が始まる。前回よりも手際よくやれるといいのだがなぁ。

2008年3月15日 (土)

やっと、獄中医療実態調査アンケートのデータ化!

 昨年12月以来続けていた獄中医療実態調査アンケートの回答が、やっとデータ化できた。しかし、まだまだアンケートが送られてきている状態だから完全に終わりとも言えないかな。3月15日現在のところ、212名といったところ。いやはや、大変であった。もう少し、質問項目を考えてやれば良かったと反省する。これで、ひと仕事終わったので、これから獄中者など被抑圧者の為の健康法事典を作る仕事を始めようかなと思っている。まあ、シコシコやっていくかな。

2008年3月14日 (金)

宅労の一日

 今日は、自宅に居た。最近は、パソコンがあれば、自宅で仕事も十分できるのだ。だから、重宝している。出獄してから、5年目になろうとするが、初めのうちは銀行のATMのタッチパネルだって、分らない代物だった。今は、とにかくパソコンを触れるようになっている。便利である。逮捕された時は、テレフォンカードだって、出回り始めたくらいだったものね。しかし、情報が溢れるほどに流入して来るので、これまた大変だな。情報が遮断されていた獄中に居たときの方が、物事をじっくり考えていたかな。

2008年3月13日 (木)

ご無沙汰!死んでました。

 ここのところ『救援』の編集に精を出しすぎていました。慣れないことをしていたので、夢精をしてしまったようなカンジ。いけませんね。編集の仕事は、それなりに面白いと思う。センスがあるかと言われれば、あると思う。自己満足?読みたくなるような記事を載せていきたいのだが、まだまだ余裕なしの状態だ。今のところは、必死こいて、汗ダラダラ‥‥ってかな。読んどくれ!読んどくれ!shacoも編集している『救援』を!
 今日はその『救援』の発送日だった。意外と早く終わった。発送の手伝いには、5人の人が来てくれた。感謝、感激。熊本から来ていたWさんが持って来てくれたケーキ食べながら休憩して、お喋りしての楽しい発送でした。男運の悪い私、と嘆きながら、嘆いているのか、悦んでいるのか判別つきかねるお喋り一点突破全面展開のAさんも遅れて参加。ワイワイガヤガヤの発送日。

2008年2月 8日 (金)

健康法講座資料の注文多し!

 この所、獄中者からの注文が多く届くものに 「健康法講座資料」がある。これは、昨年11月にセンター主催、NPO法人「世界快ネット」の協力で行った健康法講座の資料である。内容は、獄中という制限ある状況下でもひとりで出来る健康法をコンパクトにまとめたものだ。劣悪な医療状況からの切実な要請というものだろう。

 この資料には、飲尿療法についても書いてある。私は、飲尿歴20年である。私は、獄中で頼るべきは官ではなく、私自身であるとの思いから、自分で出来る健康つくりを始めた。私のようなものぐさ太郎、ナマケモノには、何の努力もいらない飲尿療法が最適であった。刑務所にいたときには、他の人にも勧めてみた。しかしやった人は一人だけである。

2008年2月 3日 (日)

今日は、当番

 僕は、短文にに生きる男ですねん!長ければいい、大きければいい、という問題ではない。たとえ、短小ホーケイであろうと、味があればいいのよ。このくらい突っ張っておきましょうか。

 そんな突っ張ったことを言っても、ネが卑小なもんだから困ってます。

 ひどく雪が降るね。今日は、センターでの当番だった。3回ほど電話がきた。1回目は、救援関係かな?2回目は、無言電話。3回目に、職質されて困っているという人からの、「どうしたらいいの?」という内容。これに、シッカリとした対応が出来なかった。情けない。ちゃんと練習しておかなくては駄目だな。せっかくセンターを頼ってきた人たちに申し訳ないコッタ。センターって、頼りにならないわネ、などと言われてしまう。そうなると、ますますセンターは衰退消滅の一途を辿るのみであろうか。

 職質に対するマニュアルでも作ってみようかね。数ページの小冊子みたいなのを。あぁ、また仕事を増やすのはキツイなぁ。

2008年1月28日 (月)

獄中医療実態調査アンケート

 獄中実態調査アンケートのデータ化作業は、相変わらず遅々として進まず。やはり、両手中指2本でのキー打ち作業では、遅いわな。中高年のキー打ちなんて、こんなものさ。アンケートを見ていくと、頻繁に出てくるのは、看護助手(刑務官が准看護師の資格を持って、医務活動に従事している。)が、診察中に口を出してくることに対しての不満・抗議が多いということだろうか。医師でもない看護助手が何故、口出すの?ってわけだ。当然の疑問・抗議だろう。看護助手なんてのは、純粋に医療活動の為って訳ではない。管理運営上から判断する。被収容者の健康なんて、あまり考えていない。だから、医療予算のことを考えて、投薬を減少させたり、止めたりなどするようだ。新監獄法になってからは、薬の出し惜しみも盛んにし始めるようになったようだ。獄中者にとっては死活問題だろう。

2008年1月26日 (土)

座禅をする

毎月1回、座禅会に参加して、座禅している。30分間座禅してから、歩行して、また座禅ということを4回ほど繰り返すものだ。唯々、座禅することの気持ち良さを楽しんでいる。あまりにも騒がしく、忙しい、この世の中、いいんじゃないの、座っているだけの無為の時間を過ごすことの贅沢さ。座禅会の帰り、友人宅に寄ると、飲み会があるそうな。しかし、ちょっと用があったので、辞退。そろそろ、お酒をやめようか。そうできたらいいなぁ。楽観的希望。廃退的欲望?に打ち勝つ強い心。私には無縁かも。

2008年1月23日 (水)

知人の死

58歳だったと言う。知人である。連絡がしばらく取れなかったので訪ねていったら、死んでいたと言う。「孤独死」とでも言うのだろうか?昔、まだ私に髪の毛が在った頃、私は畳の上での大往生なんか、クソ食らえ!と言う詩人に憧れていたことがあった。しかし、やはり、畳の上のほうがいいかなぁ、と日和見していたけれど。ま、どうなるか分かるもんではない。やることはしよう、やりたいことはしてやろう。

 所詮、「人生50年」。え?じゃあ、僕にはもう、人生ないの?マイナス人生?僕が動けるのは、あと10年もないだろうか。動けるうちに動いておこう。そう思って、救援連絡センターの事務局でやることにした。やりたいことはいっぱいあるのだが身体がひとつしかないのが、問題だ。老いしウェルテルの悩みかなかな。

2008年1月22日 (火)

気功をする

 月1回の気功の会に参加している。こういうものは、好きな方である。気功をすると、ホカホカしてくる。気がいい感じで流れているんだろうな。獄中者は、行動が制限されているために、それ故にこそ、呼吸法とか気功法みたいなものをやるのがいいと思う。べつに仙人になろうとも思わんが。単に気持ちが良いというだけでサ。いいんじゃないの?そんな感じで?少し気の力が強いと、そんでもって、教祖様になって、つまらん事やり始める人多いよね。そういうのってダサいよな。ちょっと化石化した言葉を使ってしまった。反省。しかし、ケッコウ長いこと呼吸法やっとるが、いい加減しかやっておらんから、なかなか上達せんな。情けなー。

2008年1月19日 (土)

今日は、当番

 寒い日だ。なんか風邪をひいてしまったカンジ。僕って、「色男、金と力は無かりけり」に近いから。体力も無いのかな。色男ではなく、エロ男だなんて言うんじゃないよ。インフルエンザが流行っているようだが。勤続20年、オシッコを飲んでいるからか、あまり重病にはならないみたい。来たるべき新型インフルエンザの襲来に耐えうるだろうか?まっ、大丈夫だろ・・・・、と信じていよう。足にシモヤケが出来てしまった。これまた久しぶりである。ここ2,3日、ケッコウ冷えるんだな。
 今日は、いつもと違って、電話がケッコウ掛かってきたぜ。「救援」の差し入れ依頼。逮捕者への弁護士紹介、お礼の電話、ちょっと珍しいね。こんなに電話が来るなんて。アンケートの入力作業をしようと思っていたのだが、結局出来なかった。さて、アンケート作業はいつ終わることでしょう。早く終えて、他の仕事をやらなくてはならないのだが。やりたいことは一杯ある。誰でもが簡単に出来る健康法の小冊子も作りたいし、健康法講座もまたやりたいしね。何だ、シャコは健康法オタクか?と言われそうだな。

2008年1月 9日 (水)

元旦、2日は当番!

 正月早々、センターで当番だった。新橋の駅周辺は、人通りも少なかった。電話は、元旦には、無言電話があっただけ。公安が人が居るかどうか、確認しているのかな?2日は、知人から1本あっただけ。正月だ。皆さんゆっくりしとるわな。今年は、いろいろやりたいことがあるので、忙しくなりそうな1年だ。

2008年1月 6日 (日)

37年ぶりの三里塚!

 わが青春の三里塚は、71年の第1次代執行のときだった。教会の礼拝時、三里塚の話が出て、こりゃあ行かねば!と悩める高校生だった僕はその日のうちに三里塚へと走ったのだ。37年ぶりの三里塚は、すさまじく変わっていた。2年前にレバノンへ行った時に成田空港を利用した(スイマセン!)時には、電車に乗ったままだったので、分からなかったのだが。えらく変わっちまった。野戦病院で担架を担いで駆け回った野山は、今いずこ。

2007年12月31日 (月)

明日で新年!今夜は山谷へ!

 ここのところ、獄中医療アンケートの集約に精を出している。200名ほどから届いたアンケート回答をデータ化するのは大変だ。これを一人でやっているのだから、時間がかかる。おかげで他にすべきこともできない。来年は、やるべきことが多い。健康法講座もまた企画したいと思っている。けっこうやりたいことは沢山あるのだ。救援連絡センターは、更に活動的にならなければならない。今日は、越年闘争をやっている山谷へ行くつもりだ。水族館劇場の芝居が毎年この時期にやるのでそれを見るのが毎年の楽しみでもある。

2007年12月19日 (水)

重信房子さん控訴審ハーグは無罪だ!集会に行って来た。

 00年11月8日に、重信さんが逮捕されてから、もう7年が経つのだ。彼女は、旅券法違反、(ハーグ事件)逮捕監禁・殺人未遂の容疑で第一審で懲役20年の判決をされた。日本赤軍罪という裏の罪名での不当判決だろう。集会には、そうした彼女への不当判決に憤った100名近くの人々が集まった。よく見れば、若者は少ない。やはり団塊の世代のマドンナ(?)ゆえなのか、オジサンたち(お爺さんたち?)が多かった。僕もどちらかと言うと、と言わなくても、れっきとしたオジサンだが。関西からの上京組のあのノリは、さすが関西!べたべた!しかし、パンタの歌は良かった。昔、僕のいた大学の文化祭にライブしに来た頭脳警察の歌を聞いて、踊り捲くったけ。あまりノリ過ぎて、楽器を壊しそうになって、会場係に蹴っ飛ばされてしまったけ。おう、恥ずかしい!特に、「世界革命戦争宣言」だったかには、ノリにのった。おかげでそのまま「テロリスト」になっちち。

2007年12月15日 (土)

究極の選択?

 15日、救援連絡センターの運営委員会と多田謡子反権力人権賞の受賞会があった。そのどちらも午後1時頃から開始なので、さて、どちらに行こうかと迷った。結局、センターの運営委員会に行くことにした。運営委員会が終わってから受賞会へと向かう。不況と老齢化の危機に救援連絡センターの財政は危機だって!さて、どうしよう。老兵は消えゆくのみか。新たなる「事業展開」(?)を考えるかいな。運営委員会が終わって、みんなが忘年会だ!と言っている中、僕は総評会館でやっている授賞会へと急いだ。今回の受賞者は、坂本美代子さん、小笹恵さん (水俣病関西訴訟元告)、志布志・住民の人権を考える会 (違法捜査との闘い)、 屋嘉比(やかび)ふみ子さん (女性差別賃金との闘い)だった。今回の授賞会は、ちょっと参加者が少なかったようだ。事前の情宣不足かな。来年は、もう少しきっちりと情宣をしていくと・・・・いいのかも。

 

 

           

2007年12月10日 (月)

師走の発送作業

 師走としたが、まだ12月中旬。しかし、12月のこの時期、忙しさが迫ってきているようで、手伝いに来てくれた人は少なかった。それでもナントカ暗くなる前には終わった。獄中者宛発送は、いよいよ700名を超えた。今回は、僕は友人を発送作業に誘ってみたら、こころよく引き受けてくれた。落語に出てくるガラッパチの熊さんみたいな人だが、人が困っていると助けてくれるという面白い人である。

2007年12月 4日 (火)

記者会見に行く

 午前11時に記者会見があるから行ってくれ、というので行ってみた。場所は、参議院議員会館の第3会議室。内容は、徳島刑務所におけるサディスティック医師松岡裕人のことについて。とにかく、暴動になるほどのひどい医療実態だ。コトは命の問題なのだから深刻だ。どこからも救いの手が指し伸ばされてこない、そんな状況の中、やるしかない!と決起した囚人達。けっこうマスコミは来ていたが、報道したのは少なかったみたい。

2007年12月 2日 (日)

ゲストに呼ばれて

 中野富士見町にあるPlan-Bでの「山谷」の定期上映会のゲストに呼ばれて行った。30名ほどの観客。映画が終わってから、ミニトーク。いやはや、自分が如何に話ができない人間か、ということが分った。普通に話している分には大丈夫なのだが。やっぱり、僕は書き言葉でしかうまく話せないのだね。それにしても映画「山谷」は、長きにわたって上映が続けられているが、いまだに見に来る人が多いね。

2007年11月28日 (水)

アンケート集約中

 獄中医療実態調査アンケートの回答が、続々と送られてきている。私の手元にあるのは、165通だ。まだまだ続々と届いているだろうから、最終的に何通になることやら、考えるだけでも恐ろしい。獄中者に送ったアンケートは、大体650通くらいだったと思う。もう少し増えたかもしれないが。11月30日が締め切りだから、三分の一くらいの回答が集まるだろうか。

 とにかく、獄中の医療はひどいぞ。自分は関係ないといっている人は、いつか泣きを見るだろうよ。今のうちに関心を持って、獄中医療をよい方向へと改革するように努めませう。それと、獄中でもできる健康法で自己防衛しなきゃね。

 アンケートの集計は、大変だわ。年越しだね。しかし、頑張ります。

2007年11月25日 (日)

無事大成功で終わったバイオへルス・健康法講座

「バイオへルス・健康法講座」は、無事大成功で終わった。
  この企画は、救援連絡センター主催、協力NPO法人「世界快ネ
ット」でした。「世界快ネット」の人たちが一緒にやってくれた。そ
ういう意味では、救援連絡センターが、異種の団体と一緒になっ
てやった史上初の協同事業(?)と言ってもいいだろう。これは、
試みである。救援連絡センターが、これまでにない活動領域と
人的ネットワークをどれだけ広げていけるか、それは救援連絡
センターが衰退への一途をたどるのか、発展的に存続しえるの
か、を決めていくことになるやも知れないと思うのだ。私としても、
今回のような催し物を企画、準備、行うのは初めてのことでいろ
いろ不安だったが、「世界快ネット」の人たちに助けられて、ナン
トカこなすことができた。本当に感謝している。いろいろな人に支
えられてはじめて成功裏に終わることができたのだ。救援連絡
センターが何でこんなことをやるのか、という声もあった。しかし、
救援連絡センターだからこそやるべきなのだと思う。法的救援だ
けではなく、被逮捕者、獄中者が強いられている健康問題も重
要な救援事項なのだ。逮捕された時に、権力が体調不良に乗じ
て、自供を迫るのは常套手段である。目的意識的に健康を害す
るようなことさえ行う。権力は知っているのだ。体調を崩せば、逮
捕者の意志さえ挫けやすくできるのだということを。そうした時に
こそ、カラダを守り育てる健康法は必要になってくるのだ。それ
故、法的救援だけでなく、健康・医療的救援もしなければなら
ないのではないか、と思う。 今回、講師となってくれた井上 真
さんはラテンアメリカで「バイオへルス(いのちの躍動)」という民
衆の健康運動を提唱し、展開している人だ。誰にでもできる、誰
でもが健康になれるバイオへルスは、簡単さがいい。小難しい事
などない。ただやればいい。はっきし言って、私のようなモノグサ
には良い。一番良いのは、オシッコを飲めば良いってのが簡単で
いい。と言って、誤解されても困るのだが。ビビっている人には、
オシッコだけではないよ、と言っておこう。 11月25日(日)、ア
カデミー音羽の30名収容の学習室を13時から21時まで借り
切ってやった。実際に来たのは、30名を超えた35名ほど。大
盛況である。私は悲観主義者なので、どうせ集まるのは10人
位かな、と思っていた。しかし、ことは私の予想を超えてしまっ
た。う・れ・し・い…。これも、井上アトムと太田昌国のビッグネー
ムのご利益か。ナンマダブ、ナンマダブ…。人がたくさん集まっ
ただけではなく、人的ネットワークが確実に広がった。  講座は、
私の口下手な司会によって始まった。私が必死になって、アワア
ワと話していて、ふと向うを見るとAさんがニヤニヤ笑っている。
困ったもんだ。口下手司会者は、そそくさと救援連絡センター
事務局長、山中幸男の挨拶へとつないだ。その後、井上アトム
さんの講演とワークショップとなった。講演の中で、ドンドン、ドン
ドンとアトムさんが言うと、Aさんが吹き出していたのが、面白か
った。ドンドン、ドンドン飲むんですよ。ドンドン、ドンドン治るんで
すよ。ドンドン、ドンドン‥‥。Aさんの吹き出し笑いは続く。ズン
ドコ節ならぬ、ドンドン節ってか?ワークショップでは、みんなでス
ワイショ、クネクネ踊り、ブラブラ踊りなどをラテンダンス音楽を
聴きながら踊ったりして、楽しんだ。けっこう、みんな楽しそう。
踊りを楽しんでから、一休みしてから、対談へと入った。対談
は、お互いのフィールドが違うためか、上方漫才の如くの掛け
合いまでには至らなかった。そこがちょっと残念だったかな。私
が質問したら、なんでかな、ボケとツッコミの漫才になってしま
ったが‥‥。最後に、交流会ということで、輪になって座り、自
己紹介などをして、午後8時頃に講座を終了した。長丁場であ
った。この最後の交流会が、かなり良かった。みんなが、心開
いて話したからだろうか。その日は、それで終わらず、近くの中
華料理店で二次会となった。

無事大成功で終わったバイオへルス・健康法講座

「バイオへルス・健康法講座」は、無事大成功で終わった。
  この企画は、救援連絡センター主催、協力NPO法人「世界快ネ
ット」でした。「世界快ネット」の人たちが一緒にやってくれた。そ
ういう意味では、救援連絡センターが、異種の団体と一緒になっ
てやった史上初の協同事業(?)と言ってもいいだろう。これは、
試みである。救援連絡センターが、これまでにない活動領域と
人的ネットワークをどれだけ広げていけるか、それは救援連絡
センターが衰退への一途をたどるのか、発展的に存続しえるの
か、を決めていくことになるやも知れないと思うのだ。私としても、
今回のような催し物を企画、準備、行うのは初めてのことでいろ
いろ不安だったが、「世界快ネット」の人たちに助けられて、ナン
トカこなすことができた。本当に感謝している。いろいろな人に支
えられてはじめて成功裏に終わることができたのだ。救援連絡
センターが何でこんなことをやるのか、という声もあった。しかし、
救援連絡センターだからこそやるべきなのだと思う。法的救援だ
けではなく、被逮捕者、獄中者が強いられている健康問題も重
要な救援事項なのだ。逮捕された時に、権力が体調不良に乗じ
て、自供を迫るのは常套手段である。目的意識的に健康を害す
るようなことさえ行う。権力は知っているのだ。体調を崩せば、逮
捕者の意志さえ挫けやすくできるのだということを。そうした時に
こそ、カラダを守り育てる健康法は必要になってくるのだ。それ
故、法的救援だけでなく、健康・医療的救援もしなければなら
ないのではないか、と思う。 今回、講師となってくれた井上 真
さんはラテンアメリカで「バイオへルス(いのちの躍動)」という民
衆の健康運動を提唱し、展開している人だ。誰にでもできる、誰
でもが健康になれるバイオへルスは、簡単さがいい。小難しい事
などない。ただやればいい。はっきし言って、私のようなモノグサ
には良い。一番良いのは、オシッコを飲めば良いってのが簡単で
いい。と言って、誤解されても困るのだが。ビビっている人には、
オシッコだけではないよ、と言っておこう。 11月25日(日)、ア
カデミー音羽の30名収容の学習室を13時から21時まで借り
切ってやった。実際に来たのは、30名を超えた35名ほど。大
盛況である。私は悲観主義者なので、どうせ集まるのは10人
位かな、と思っていた。しかし、ことは私の予想を超えてしまっ
た。う・れ・し・い…。これも、井上アトムと太田昌国のビッグネー
ムのご利益か。ナンマダブ、ナンマダブ…。人がたくさん集まっ
ただけではなく、人的ネットワークが確実に広がった。  講座は、
私の口下手な司会によって始まった。私が必死になって、アワア
ワと話していて、ふと向うを見るとAさんがニヤニヤ笑っている。
困ったもんだ。口下手司会者は、そそくさと救援連絡センター
事務局長、山中幸男の挨拶へとつないだ。その後、井上アトム
さんの講演とワークショップとなった。講演の中で、ドンドン、ドン
ドンとアトムさんが言うと、Aさんが吹き出していたのが、面白か
った。ドンドン、ドンドン飲むんですよ。ドンドン、ドンドン治るんで
すよ。ドンドン、ドンドン‥‥。Aさんの吹き出し笑いは続く。ズン
ドコ節ならぬ、ドンドン節ってか?ワークショップでは、みんなでス
ワイショ、クネクネ踊り、ブラブラ踊りなどをラテンダンス音楽を
聴きながら踊ったりして、楽しんだ。けっこう、みんな楽しそう。
踊りを楽しんでから、一休みしてから、対談へと入った。対談
は、お互いのフィールドが違うためか、上方漫才の如くの掛け
合いまでには至らなかった。そこがちょっと残念だったかな。私
が質問したら、なんでかな、ボケとツッコミの漫才になってしま
ったが‥‥。最後に、交流会ということで、輪になって座り、自
己紹介などをして、午後8時頃に講座を終了した。長丁場であ
った。この最後の交流会が、かなり良かった。みんなが、心開
いて話したからだろうか。その日は、それで終わらず、近くの中
華料理店で二次会となった。

2007年11月18日 (日)

今日は当番

新橋の救援連絡センター事務所での当番で、詰めていた。電話がわりと掛かってきたな。北海道の集会が無事終わったという連絡や、『救援ノート』を購入の注文電話、11・25健康法講座への参加希望の連絡といったもの。日曜日でもケッコウ掛かってくるものなんだな。しかし、逮捕されての弁護人選任の電話でなくて良かった。平和な一日であった。センター宛のメールを見たら、「徳島刑務所で暴動」の知らせがあった。とうとうバクハツしたか。あのサディスト医者=松岡の蛮行に囚人が怒りを抑えきれなくなったのだ。このままでは、生命がヤバい!と。立ち上がった囚人達への監獄当局の報復が心配である。救援連絡センターも統一獄中者組合、監獄人権センターとともに対応していかなくてはならないかもしれない。

2007年11月17日 (土)

健康法講座の打ち合わせ

あと1週間だ。バイオヘルス健康法講座の開催は。こんな企画をしたのは初めてだから、チョッともたつき気味。しかし、支えてくれる仲間が居るから大安心。今日は、対談の内容について打ち合わせをした。ケッコウ面白くなりそうだ。来てみて、損は無い。それどころか、一つ二つのインパクトを受けて、得した気分で帰れるかもね。電話予約はぼちぼちあるし、電話予約せずに、当日来る人も多そうだ。にぎやかな講座になったらいいなぁ。

2007年11月15日 (木)

発送助っ人となる。

 多田謡子反権力人権基金の発送の仕事を手伝ってきた。今年もやってきました、受賞発表会!今年は、水俣病関西訴訟元原告の坂本美代子さん、小笹恵さん、女性差別賃金との闘いに勝利した屋嘉比ふみ子さん、違法捜査との闘いで勝利した志布志・住民の人権を考える会が受賞することとなった。いずれも権力の横暴と人権侵害に対して、困難な長期の闘いで勝利を克ち取り、虐げられし民衆に闘う勇気を与えた。多田賞を受賞するにふさわしい人たちばかりだ。民衆にとって冬的時代状況にあって、希望の火を点している。一時は、無くなってしまうのではないかと思われた多田基金だが、無くなってしまったら、この時代状況に点る火が消える。それは日本の社会運動にとっておきな損失だから。そうは、させてはならないのだ。

2007年11月13日 (火)

見えた!裁判員制度の崩壊11・13東京集会に行く

遅れていったので、DVD上映は見ることができなかった。ちょっと残念だったかな。内田博文九州大学教授の講演を途中から聞けたが、ちょいとアクビが出そうだったかな。織田信夫さんの挨拶と続き、斎藤貴男さんのアピールは、本人が沖縄にいるとかで、なかった。高山俊吉弁護士が出てきて、テンション高く話して,会場を盛り上げ(?)集会参加者の発言が続いた。参加者数は、330人だったとか。「オレ的」に言えば、もう少し面白ければなぁ、と言ったところ。

2007年11月12日 (月)

マンジュウ怖い!の発送作業

 あまり人が来そうにないと、危機感を持ったスタッフが緊急連絡をしたためなのか、いつもより助っ人の数が多くなった。おかげで、発送作業も早く終わった。途中で、みんなで持ち寄ったお菓子を食べての一休みがある。今回は、黒米のおはぎ、自家製パイなどもあって、お菓子がいろとりどりにふんだんにあったので、僕もつい食べ過ぎた。マンジュウ怖い!となってしまった。落語の「マンジュウ怖い!」は、怖い、怖い!と言いながら、パクパク食べるのだが、僕は本当に怖くなった。チョッと食べ過ぎたなぁ。

2007年11月11日 (日)

蝦夷地へ行く

11月9日、センターでひと仕事してから帰宅してから、友人とともに蝦夷地を目指して旅立った。北千住を軽自動車で出発したのは、夜11時半。国道4号線をひたすら北上。途中、蔵王にて温泉で一風呂浴びてから、仮眠をとる。目的地に着いたのは、朝10時半。下道を通っていくのは、大変なことである。ちょっと知人宅によって、連れをまた一人乗せてから、仙台へ走った。われわれの三人の第一目的は、仙台市戦災復興記念館で行われる「弁護士バッシングを問う!市民集会」である。主催は、死刑廃止連絡会・みやぎ。この会は、「死刑廃止国際条約の批准をめざす全国的な運動が始まったのをきっかけに、宮城県内の死刑廃止の賛同する仲間が集まり誕生。主として仙台拘置支所に在監する被告らと文通・面会をとおして交流を行うほか、死刑廃止・人権問題に関する催しを企画。労働者、宗教者、弁護士、行政書士等のメンバーからなり、月1回例会を開く。」

 今回の講演者は、安田好弘弁護士、松下明夫弁護士、舟木友比古弁護士の三人だった。公正公平な裁判のために闘う被懲戒請求トリオとでも言うべきか。石をもって追われる如く、凄まじいまでに吹き荒れている弁護士に対する攻撃は、鬱積した社会全体の不平不満の解消、はけ口を求めて噴き上げているとでも言うべきか。公正公平な裁判をしようとすればするほど、攻撃されるのだから、たまらん。マスコミが、権力と一体となって、煽るわ、煽るわ。それに乗せられた市民たちが、リンチに走るといった構図。これじゃあ、関東大震災の朝鮮人、主義者への虐殺、最近も発覚したような冤罪事件が無限に繰り返されるのは、必定。もっと、ココロ落ち着いたれや!と善良なる市民たちに言いたい。裁判所も検察もモラルハザードの波のりを楽しんでいるようだ。裁判所と検察だけがあれば良い、とでも思っているのだろうか。松下弁護士へは裁判所が請求しとるようだ。人の生き死にまで左右する判断をするのに、手間ひま惜しんだら、アカンやろうが!

仙台の集会は、こじんまりとしているけれど、内容も集まった人たちもキンキラキンであった。

2007年11月 4日 (日)

死刑廃止全国交流合宿inさいたまに参加

 11月3、4日の二日間にわたって埼玉のど田舎で行われた死刑廃止全国交流合宿に行って来た。全国から死刑廃止運動に力を尽くしている人たちが74名も集まった。「光市事件報道」、「死刑確定囚処遇の現状と課題」、「立法化につながる死刑廃止運動」、「冤罪・宮代事件」などについて講演を経てから、分科会に別れて話し合った。私はと言えば、分科会には参加せず、交流会で出す料理作りに精を出していた。最終日の4日に参加者の発言があったが、何人もの人から楽しい合宿だったとの思いが話されていた。そのことからもこの合宿が成功裡に終わったことがわかる。

2007年10月24日 (水)

国会議事堂を初めて近接で見た!

 センターにしばらく居てから、国会議事堂前に行った。ジイさん、バアさんたちがカラダにむち打って、反テロ特措法反対の座り込みをしているというので行った。なんか襷を渡されて、肩からかける羽目になチッチ。ジイさん、バアさんに、もしものことがあったら、大変だ。脳卒中、脳梗塞、心不全。憤激のあまり、早々の旅立ちをされたのでは困る。我らが、事務局長山中幸男が連日、見張り番……というか、ジイ、バア守番。な〜んちゃって!冗談ですよ。そんなこと言った日には、総批判で大変だっち。しかし、元気である。さすが歴戦の戦士たちである。日本の将来は、先が短いけれど、ちょっと明るいかな。

2007年10月20日 (土)

10・20新宿騒乱…、もとえ!新宿行動に決起!

 な〜んちゃって!白髪とツルッパゲを並べ立って、ビラ配り、アピールをしていた熟年世代に圧倒されたぜぇ。1968年10・21反戦デーには、元気に走り回ったり、石を投げたり、火炎瓶を投げていたんだろうなぁ、皆さん。とにかく元気である。最近、キレる中高年が話題になっとるが、雄叫びあげる熟年がそろそろ話題になることだろう。野坂昭如が昔、反乱するジイさま、バアさまたちの小説を書いていたが、まさしくあれだな!
 しかし、新宿東口の駅頭、ウジャラウジャラと若者たちが人待ち顔に群れた佇んでいた。ジイさま、バアさまたちの雄叫びを聞いて、何を思うたろうか。
 僕は、みんなとシュプレヒコールをあげてから、帰った。しかし、だな。シュプレヒコールは、あまり長いのはダメだな。

2007年10月17日 (水)

アンケートが集まり始めた。

 獄中医療実態調査のアンケートが、獄中から送られて来るようになった。早い人では、アンケート用紙を送付した2、3日後から届いている。それだけ、獄中者に取っては切実な問題だということだろう。今回は、獄中者には700通近く送付した。えらい数である。それらが全て、戻ってきたら、集約するのにはえらい作業となるな。しかし、楽しみである。

2007年10月12日 (金)

発送作業

「救援」の発送作業をやって来た。今日は、9名。「救援」を折って、封筒に入れ、のり付けして封をする流れ作業でやって行く。今回は、早く終わった。今回は、獄中者宛の封筒には獄中医療の実態調査アンケート用紙を同封したため、若干手間をくった。しかし、みんなでやれば早いものである。合間には、お茶を飲み、菓子を食べながら、ダベリング。いろいろと情報交換あり。

2007年10月 8日 (月)

ビバ!チェ・ゲバラ!

10・8‥‥、ジュッパチ!なつかしい響きだぜ!ゲバラが殺されて、もう40年が経ってしまったのか。池袋の産業プラザで今日行われた「10・8ゲバラ没40周年記念フォーラム」に行ってきた。賛同人を見ると、6・15集会の賛同人とかぶる人が目立つみたい。やはり、反戦・全共闘世代とチョッと上の世代。チェの旗を掲げて、集まったり。今もって、チェの人気は高い!とうとう集会室が満杯!立見もでるほど。若い人も目立つ。虎は死んで皮残し、チェ・ゲバラは死んで解放思想を遺す、かな‥‥ちょっとイマイチなり。
 救援連絡センターのリーフレットをほぼ全員に手渡す。これで、少しは購読者が増えれば良いのだが。チェのように社会運動に積極的に係われば救援連絡センターのお世話になるのですから、必要でっせ!救援連絡センター! 救援ノート1冊、救援2部、裁判員制度批判パンフ1部を売った。
 
 

2007年10月 7日 (日)

ひとりで、お留守番の当番日

 ひとりで、お留守番。電話は、4回あったきり。3回は、やさしき先輩たちが心配して掛けてきてくれた。嬉しいなぁ。おかげで大船に乗った感じでのお留守番であった。しかし、電話がほとんど掛かって来ないセンターというのも困るよね。困っている人はいるのだろうが、センターの存在が、そういう人たちに知られていないということなのかもしれない。もう少し知られた存在にして行かなければならないね。頑張ろう。
 新橋は、休日はさびしい場所となるところだね。通勤客がいなければ、実体のない、さびしさが際立つ。

2007年10月 5日 (金)

「アザリアのピノッキオ」を観に行く

パレスチナキャラバン 『アザリアのピノッキオ 7つの断章による狂騒曲』を吉祥寺へ見に行ってきた。「雨天決行!」とあって、文字通り「雨天決行!」。いやはや、ッたく!雨ふる中を薄暗き井の頭公園内をパシャパシャと水たまりをものともせず、探し、訪ね歩いて三千里!薄闇の木立の中にパレスチナの旗翻るテントを見つけた!おぉ、これで、遭難せずにすんだ!と僕は、ホッとしたのであった。芝居が始まる前に、小便をしておこう、と近くのトイレに行くと野宿者たちが激しく降る雨を避けての雨宿り中。ちょっと、ごめん!とオジャマシマス。小用を終えて、木戸銭払って小屋入り。内容は、「ご覧になって下され!」で省略。パレスチナの戦いについて認識しての観劇であれば、いっそうの感動を得られるだろう。しかし、パレスチナの戦いについて無知であれば、感動の頂きには達せないかも‥‥。

2007年10月 3日 (水)

忙しき、面白き一日

 忙しき日であった。結局、友人宅に泊まってしまった。友人からは、親の形見分けのものだというブルゾン、革ジャン、靴を貰った。それらを手提げ袋に入れて、センターへ出勤。ドアを開けたら、某女史が差し入れの物の店開きをしていた。大サイズの麦わら帽子を貰った。どうも、今日は人から物を貰える星の流れにあるようだ。某女史が、東拘へ面会に行くと言うので、じゃあ、僕もついでに行くかなと、付和雷同した。小菅駅で、熟女が熟女にからんでいたので、某女史と仲裁に入る。某女史の上手なさばき方に、感心。東拘で僕は西川純さんに面会。元気そう。控訴趣意書の追い込みみたい。東拘の面会所の玄関前で、煙草を吸っていたヤクザらしき人が、僕の顔を見てから足早に近づいてきたので、やばいな!と思ったら、「Uさんでしょ?」と聞いてきた。「ほら、岐阜で一緒の工場で働いていたAですよ。」と言う。う、‥‥分らない。じゃあ、「救援」というのをそのうち送るからと、住所を聞いて別れる。別れて、しばらくしてから、ああ、あの人か、と思い出した。東拘へ行くと、昔のムショ仲間と会ってしまうんだな。その後、北千住・ルミネ8階にて某女史に昼飯を奢ってもらう。昼食後、三ノ輪にある「あうん」に行った。山谷の労働者の生活と仕事のための協同組合みたいなもんなのかな、と思ったりした。なかなか繁盛してますな。このあと、某女史と別れて、センターへ寄ってから、「パソコン教室」へ行った。

2007年10月 2日 (火)

木立宣宥氏通夜・告別式に行く。

 友人から、木立宣宥氏が昨夜亡くなり、通夜・告別式が横浜・戸塚のカトリック教会で行われるとの連絡が入った。式は、家族、友人などが集まって、静かに行われた。と言っても、教会の聖歌隊が歌ったりしたので、音もなく静か,というわけでは、なかったが。故木立氏とは、パレスチナ関係の集会などで会うことが多かった。式後、悪友たちと彼を偲びながら飲んだ。合掌!

2007年10月 1日 (月)

パレスチナ連帯集会に行く

人形劇師ニダールさんを囲んでのパレスチナ連帯集会が文京区民センターで行われた。僕は、救援連絡センターの旗とセールス材を持って行って、セールスマンしながら参加した。「パレスチナ、パレスチナ」というニダールさんの人形劇巡演ドキュメント映画が初めに上映され、それを観てからのニダール・カティブ、大久保鷹、藤田進の話を聞いた。パレスチナの子どもたちがどれほど人形劇を楽しみにしているのか、そこから解放へ向けての学びをしているのか。コンパクトな劇団が広範囲に動き、大きな効果を生んでいる。人形劇というコンパクト性に硬骨な思想性!侵略下、圧政下に於ける遊撃的革命性!
 遊撃的セールスマンの方は、と言うと重い荷物を背負いながら、軽い売り上げ。「救援ノート」1冊、「救援」1部。

2007年9月27日 (木)

やるぜ!被抑圧者、人民のためのバイオヘルス=健康法講座

以下のような催しを救援連絡センター主催でやることになったゼエ〜!なんかの間違いじゃないの?センターがこんな催しをやるなんて?と思っちゃう人は、思考が硬直しておりますね。この際、講座に参加して、情況を変えるためだけでなく、自分自身のカラダも変えちゃおうよ!
************************************************
 此の度、救援連絡センターは、獄中者が、支援者が、活動家が、身の回りのものを使って自分で自分の病気を治し、健康になっていく為の医者いらずの健康法—バイオヘルスをみんなで学ぶ講座を主催します。開催に当たってはNPO法人‧世界快ネット(*)に協力していただくことになりました。
この間救援連絡センターに、獄中医療のひどさを訴える手紙が、何通も届いています。センターでは、現在の獄中医療の在り方をなんとか改善させていく必要があると考え、連携を取りながら様々に動いてきました。
しかし、改善までには時間がかかり、その間辛い身体をどうすることも出来ずに耐えている獄中者に、まずは、自分で自分の病や症状を少しでも回復に向かわせることの出来る術を伝えたいと思うに至りました。
自分自身の健康についてのすべてを他者(現代医療)にまかせてしまうのでなく、また現代医療にかかれないことであきらめてしまうのでなく、自分のカラダ―健康は、自分で守り、育てたいものです。
それは、獄中者だけでなく、支援者、活動家、現代医療から遠いところにいる人たち(ホームレス、不法滞在の外国のひとたち)、全ての人々へのメッセージでもあります。自分の健康に注意を払い、自分の身体を大切にすることは、いのちを大切にする社会を作ることにつながります。自分自身で自分のカラダを健康にして、いのち守っていきましょう。
バイオヘルス(いのちの躍動)とは、コロンビア在住のDr.アトムこと井上真氏が提唱し、ラテンアメリカで展開されている民衆の健康運動です。具体的には、食生活の提案・運動法・尿健康法・手当法を 組み合わせた画期的な方法です。誰にでもできる、誰でもが健康になれる、それがバイオヘルスです。
劣悪な獄中医療下にある獄中者は、いのちを守る為に!不健康な活動家は、健康な活動家になる為に!
もし万が一、劣悪な獄中医療下に拘禁されようとも、このバイオヘルス―健康法を身につけたら、怖いものなど無くなっていくかもしれません。
「被抑圧者、人民のためのバイオヘルス=健康法講座」
11月25日 午後1時半から5時まで
地下鉄有楽町線・護国寺駅下車徒歩2分
アカデミー音羽 3階 学習室B
【内容】
講演 井上 アトム
対談 太田 昌国 VS 井上アトム
ワークショップ(導引、気功、ダン ス等)
資料代  500円
同日 同所 午後6時から
交流会 (*別途会費必要)
* NPO法人「世界快ネット」  TEL/FAX : 03-5227-3412
E-mail : wkn1@ceres.ocn.ne.jp
URL : http://kainet.fem.jp/wkn2/

2007年9月22日 (土)

「国民保護」という名の戦争動員訓練にNO!9・22学習集会に参加した!

 押上のすみだ女性センターで、13時半から始まった。60名近くの人たちが集まった。僕も「救援」、「救援ノート」、「僕の翻身」を売りに行った。救援連絡センターの大きな赤旗も持って行って、机に下げて目印とした。
 「国民保護法」というのは、戦時下において市民を管理統制するものでしかなく、その保護を第一とするものではない。東京都の災害時に於いては、首都機能の維持というのが最優先されるようだ。市民の救助よりもだ。
沖縄に於ける日本軍による住民虐殺、中国東北部に於ける住民保護を放棄して逃げた日本軍などの実例は数え上げればきりがない。軍隊なんて、そんなもんよ。軍隊は、住民を保護する為にあるのではなく、敵(人)を殺す為にあるのだ。だから、日々人を殺す訓練をしているんだぜ。
「僕の翻身」は5冊、「救援ノート」が3冊売れたが、「救援」は全く売れなかった。

2007年9月19日 (水)

獄中医療の現在

 僕が獄中者だった頃、監獄の中の医療はひどいものだった。医者が居ても、ちゃんと治療をしてもらえないことが普通であり、ほとんど薬を与えられるだけってカンジだった。僕が刑務所を出てから4年が経った。あれから少しは変わったろう、と思っていたら…。まぁ、変わった、と言えば、変わったんだろう。あのコイズミ改悪ソーリダイジン以降、福祉・医療予算削減の嵐が吹きすさび、監獄もその影響を受けたようだ。最近、獄中者から送られて来る手紙には、薬を出さなくなったという訴えが多く見られるようになった。医者の診察・治療さえ満足にやってもらえない獄中で、薬さえ出されなくなったんでは、えらいことだぜ!(僕個人としては、薬なんかあまり飲むもんじゃないよ、という考えだが。)
 今度、獄中医療実態調査アンケートというものを獄中者に配布して、各施設の医療実態について調査しようと思っているんだ。20年くらい前に統一獄中者組合として実施したことがあるが、それ以後はやっていないからね。20年経ってどういうことになっているのか、調査して、改善させていくことに役立たせたいと思うからね。

2007年9月14日 (金)

闘う労働者が集まったぜぃ!

 第32回全都反弾圧集会に行って来た。「救援」の行商でもある。
 集まったり!集まったり!闘う労働者が仰山集まりましたがな。なんと150名近く!おい、おいサバ読みちゃう?‥‥などと言われそうだが、そんなにサバ読んじゃいないぜ。だってさ、会場に一杯だったもんな。主催者もこんなに集まるとは思わなかったんじゃないかな。足りなくて、あとから椅子を出していたもの。いくつもの労組、争議団が勝利報告していた。う〜む、労働運動は負けてばかりじゃないんだな、と改めて確認できたね。最近の労働者に対する資本の搾取、奴隷的収奪はひどいもんな。サービス残業は当然と思っている会社もある。昔、私が山谷の労働運動に係わっていた当時だったら、ふざけんじゃネェよ!と争議の場で机が幾つもひっくり返されただろう。あぁ、昔は良かった!‥‥‥そんなことを言い始めたら、オシマイだぜ。
 今は、労働者にとって冬の時代ってところかな。しかし、そんな冬の時代のいくつかの勝利が、春の魁になっていくのだろうか。アベも自滅してしまった。悪がそうそう世にはびこるもんじゃネェかな、やっぱり。やり過ぎってのは良くねぇよな。
 今日の集会でけっこう空気が入ったゼイ。「救援」と「救援ノート」も少し売れたゼイ。
 
P9140096

2007年9月11日 (火)

ジンマシンの痒みに耐えて、エクスタシー!

 痒い、痒い、痒いのだ!新橋に行って、若干の作業をした。井上アトムのバイオヘルス講演会の場所取りを手伝ってもらって、場所確保。貧しき者のための医療ーバイオヘルス。獄中者こそ吾がものとしてほしい健康法ー医療だと思う。もう暫くしたら情宣してやろうっと。沢山の人が聞きに来てくれるといいのだが。金、金、金の世の中で、虐げられし人々は、医療さえも満足に受けられない。それなら自分たち自身でいのちを守らなきゃ。誰もがいつ獄中者になって、「無医村地区」のような監獄に入れられるか分ったものじゃない。今のうちにバイオヘルスを自らのものとして、いつ監獄に入れられてもいいように準備しておこうじゃないか。監獄じゃ、満足な医療は受けられない。ガンになったら治療もされず、死ぬだけだ。他力頼みから、自力更生、刻苦奮闘で生き抜いてやろうじゃん!そして、悪人世にはびこる・・・・・いいじゃん!いいじゃん!じゃいじゃいらん!
 それにしても、痒いじゃん。なんかまたぶり返して来たようだっちゃ、ジンマシンが。
 

2007年9月10日 (月)

ジンマシン!

 何を食べたからだろうか。身体中にジンマシンができてしまった。痒くて仕様がない。今日は、新橋に行くのはやめて静養することにした。と言っても、パソコンを使っての仕事ができるから、在宅ワークということだね。パソコンがあれば、家に居ても、いろいろやれることがある。それにしても、久しぶりのジンマシンだ。子供の時以来かな。実は、ウナギの蒲焼とカキ氷とインスタントラーメンを食べてからだ。食い合わせが悪かったかな?

2007年9月 7日 (金)

新企画続々?

先日、 救援連絡センターの事務局会議というものがあった。そこで僕は、二つほどの提案をした。ひとつは、ここ最近獄中医療に係わる獄中者からの便りが多くなり、劣悪医療が問題になっていること、それを取り上げたいと思った。そこで、まず獄中者を対象にしたアンケートによる実態調査をすることにした。こういったアンケート調査は、僕が東京拘置所にいた20数年前にも行っており、統一獄中者組合の獄中者が中心になってやったんだ。今回は、獄外からだ。それにしても、獄中医療の劣悪さは相変わらずだな。ガンになったら、もうオシマイだ。刑務所の医者の中には、獄中者をいじめるのを楽しんでいるような奴もいるようだ。シャバの医者にもそんな奴がいるけれどね。でも、シャバではクレームをつけられるが、獄中では声を上げることができない。下手に言おうものなら、懲罰だ。職員に対しての暴言、抗弁だというんで、懲罰房に閉じ込められてしまう。そんな獄中医療の現状を変えていきたいね。そのためには、まず実態調査だっちゃ。
 ふたつ目の提案は、バイオへルスと言う健康運動⇨喜びと躍動に溢れた、病気にならない、身体づくりのお運動についての講座をやらないかと云うこと。この運動は、要するに貧乏人こそが実践主体として最もふさわしい健康法なのだ。金のかからない、誰でもができる自力更生→自己医療なのだ。いくつかのやり方があるが、そのうち最も重要なのが飲尿療法!僕は、これを東京拘置所に居た時から今も続けている。だから大病には罹らなかった。獄中者には、最良のものかもしれない。道具も、薬も使わなくてもいのだから。
 そういった提案をしたら、言い出しっぺがやるもんだと云うことだ。だもんで、なんとか実現させられるように考えたいね。

2007年9月 6日 (木)

仙台から東京へ忙しい一日だった。

 昼過ぎに仙台の宮城刑務所に行って,旧日本赤軍の丸岡修さんと面会した。酸素チューブを付けて出て来るかと思ったが、そんなこともなく、わりと元気そうであった。丸岡さんは、読売新聞にデッチ上げ記事を書かれたことで民事訴訟をしていたのだが、その控訴審判決があまりにもひどい内容であると、憤激していた。「犯罪者」、「受刑者」なら何を書かれてもかまわないなんて、オイオイ、裁判官の認識がそれでいいのかよ、だね。丸岡さんからは、若者のことを勉強してね、と言われ、若者に読まれているという小説を勧められたのであった。
 20分間程度の面会時間を終えて、丸岡さんとアクリルボード越しのお手合わせをして面会室を出た。
 なんか台風の影響で、新幹線が途中で止まっているという情報もあったので、東京へ行けるかどうか不安だったが、なんとか新幹線に乗ることができた。
 そして、その日の夜、早稲田で教育社労組、連帯労働者組合などが主催の「なぜ完黙が必要なのか?」という西部地区反弾圧学習会に参加した。現在の政治状況が反映された引き締まった学習会であった。今後、政治弾圧が激しくなっていくだろうから、こうした学習会は、ドンドン行って行かなくてはならないだろう。
 黙秘に関しては、労働争議、政治・一般事件に関わりなく、必要なものだろう。警察・検察の取り調べ方法などは、日頃から勉強しておくといいよね。僕も、逮捕前に読んでいた取り調べ状況についてのパンフがかなり役に立ったよ。なんせ、そのパンフに載っていた通りの取り調べ方だったので、ハハァン、同じだわ、と客観的に対応できたもんね。
  台風に直撃されて、帰宅できないのも困るので、そうそうに帰ったのだが、えらい雨だった。

2007年9月 2日 (日)

死刑執行抗議集会に参加する。

 午後3時、東拘正門そばの万葉公園で行われた死刑執行抗議集会に参加した。北千住駅日比谷線ホームに行くと、そこで5人ほどの顔馴染みの参加者と合流した。小菅駅で降りると、更に合流。雨垂れが少しずつ集まり豪流になりしや、と思いたいが、そうもいかず。万葉公園へ行くと、すでに30人位が集まっていた。金太郎飴かと、揶揄されそうだが、ま、顔馴染みが多く、お互い挨拶を交わし合う。最終的に集まったのは、60人位か。今の(個人主義と似ているが本質的には異質な)エゴイズムな日本社会に於いては、けっこう貴重な存在者たちではあるだろう。
  集会が司会者によって進行されていっている。弁護士のアピールから始まって、死刑囚支援者、宗教者ネット、国会議員秘書、アムネスティ、大学教員、死刑囚家族などから様々なアピールが行われた。その後、東拘当局へ抗議文を渡しに行ったが、結局受け取りを拒否された。
 抗議のシュプレヒコールをしばらくしたあとの参加者一同、ふたたび万葉公園へと戻る。
 ‥‥と、どうだろうか。なんと!そこには参加者Tさん、Hさんの作った手作りビールが待っていた。おいしいビールに舌鼓を打ちながら、一同今日の抗議行動を振り返えりつつ、親交を深め合ったのであった。
 散会後、一部の人たちは、11月3日、4日に埼玉県加須市で行われる死刑廃止全国合宿の準備について話し合った。僕も地元なので主催する側の人間として噛むことになった。
 日時:11月3日(土)、4日(日)
 会場:埼玉県立加須げんきぷらざ(東武伊勢崎線「花崎駅」下車 徒歩6分
 費用:合宿参加費1000円、交流会費3000円(3日の夕食・飲食代含)、宿泊費2000円(4日の朝食代含)
問い合わせ・申し込み
      e-mail: mantan1961@yahoo.co.jp 平山

 P9020019

2007年8月21日 (火)

シンミョン「立ち上がる人々」を見る

 8月19日、三河島に韓国・光州マダン劇団シンミョンの「立ち上がる人々」を見に行った。ハッキシ言って、感動した。光州で人々が闘っていた1980年5月、私はまだ全国指名手配の逃亡者として隠れ潜んでいた。光州の闘いについて、ほとんど記憶がない。逃げるのに一生懸命で余裕がなく、海を隔てて闘われていた民衆の闘いに思いを馳せることができなかったのだろう。しかし、闘いはあり、民衆は闘った。
「花よ、花よ、息子の花よ。五月の花よ。…ふたたび咲き出せ。」
 私が劇を見て感動したのは、光州民衆抗争を「追体験」することで、その闘いの素晴らしさを知ることができたからだし、闘いに倒れて行った死者たちの中に、私自身が係わっていた闘いの中でも倒れて行った死者たちがおり、その死者たちへと思い繋がっていったからだ。
「花よ、花よ、息子の花よ。五月の花よ。…ふたたび咲き出せ。」
 鎮魂せしめることなく、死者をしてともに闘わせしめよ。そして、喜びをともに分かち合わん。
劇が終わり、最後に観客も加わって、ぐるぐる、ぐるぐる踊り回って打ち上げだ。
 こころよい気分に満たされつつも、しかし、闘いはこれからだ、という思いがつのる夜だった。

2007年8月17日 (金)

東拘集中面会に参加したゼ!

 昨日は、東拘へ久しぶりに行った。統一獄中者組合の呼びかけによる集中面会だ。私が獄中にいた頃は、けっこう人も多かったようだが、最近は割と少ないようだ。そりゃ、そうだ。昔は、「公安事件」で逮捕されて勾留されている人も多かったからなぁ。いまじゃあ、公安関係なんて、ここのところご無沙汰だ。それがいいのか悪いのか。悪いに決まっているかな?それは、今の不謹慎で、不穏な政府への抵抗勢力が弱化しているということでもあるだろから。いいわけないね。昨日は、10名に満たない人たちが結集した。そして、6名の獄中者に面会した。私は、西川純さんと面会した。最近は、15分前後で面会を打ち切られてしまうようである。昔は、机にへばりついて抵抗したりして、30分の面会時間を勝ち取った人もいた。私も、面会時間は27,8分は確保していた。しかし、今じゃあ、その半分に満たない面会時間とされてしまった。監獄法は、改善されたとはとても言えないだろう。西川さんとの面会時間は、目一杯やれたみたい。
 東拘は、駅からけっこう歩くので大変である。わざわざ遠回りしていくような道である。なくてもいい歩道橋もあって、その上り下りも大変である。もうちょっと利用者のことを考えてもらいたい。





2007年8月16日 (木)

燃える、暑い日、8・15

   某雑誌の編集者Fからお誘いがあり、昼に西神田公園、夜に千駄ヶ谷区民会館で行われた゛「美しい国」の「美しい死者」はいらない国家による「慰霊・追悼」に反対する゛8・15集会に行ってみた。昼の集会は、2時間ぐらい集会をしてからデモをするだろうと勝手に考えて、少し余裕を持って行ったら、丁度解散してみんながゾロゾロと帰って来るところだった。右翼の全国総動員?らしくエライ数の右翼が街宣車でがなり立てている。デモを終えて帰って来る人たちの顔を見ると、みんなイイ顔をしている。山を登って、頂上に立って、遠く連なる山々を眺めている清々しさとでもいったカンジの表情である。こういうときの顔を見たことが、昔あったけ。そうそう、71年春の三里塚だ。第一次執行で砦がどんどん落とされていた時、ドッと群衆が機動隊の包囲を打ち破ってきてくれた時に、出会った、その群衆の顔を、僕は思い出していた。いいなあ、こういう顔をして運動したいなぁ、そんな気持ちになったね。少し歩いていると、向こうから編集者Fが若干バテ気味な顔をして歩いてきて、「今頃、来たの?」などと言う。何時に解散するからと言ってくれれば、もう少し早く行ったのだが‥‥。どうせ長引くだろうと思い込んでいた僕が悪かったのかな。今回のデモは、靖国神社の近くまで 行けたようである。主催者発表では150名だそうだ。けっこう集まったものだ。Fに、じゃあ、夜の集会には行くから、と伝えてその場で別れて、僕は新橋の救援連絡センターへ行った。
   夜は、千駄ヶ谷区民会館へ行った。150名が集まったようである。講師は、彦坂 諦さん(作家)と東琢 磨さん
(音楽批評家)だった。区民会館に近づくと、昼間の機動隊がバスに乗って待機中だった。会館の近辺には私服の警察官が沢山たむろしておったな。僕は、「救援」と「救援ノート」、裁判員制度批判パンフを売ろうと思って持って行ったが、あまり売れなかった。押し売り的にやらねば売れそうにないみたい。次回はそのように努力してみようっと。本日の売り上げとカンパは1,700円也。
 

2007年8月14日 (火)

僕は書く! 日記を書く? なんじゃらホイ!

 さあ、書くぞぉ!さて、さて。何で僕は、ここに居るのか? それは、 僕が7月から救援連絡センターの事務局員として働き始めたからだ。4年くらい前までは、「救援」を差し入れしてもらっていたのだが、とうとう差し入れする側になったのだ。エライコッチャ! もう、ノホホンとはしてられないのだが、相変わらずノホホンである。大丈夫だろうか。
このところ、よく東京サ、出かけるようになった。救援連絡センターのある新橋サ、行くダ。しかし、救援連絡センターは古いビルの一室を借りて、そこを事務局としている。とにかく狭い!なんで、こんなに狭いのだ?!と僕は思った。センター40年の歴史が古資料となって山と成している。アッチャ〜! 僕の座る所がないよ〜ってなもんだ。とにかく、僕の坐を、確保しなければ落ち着けない気分。山となっている古資料を捨ててしまおうかと思ったが、けっこう大事なもののようで、簡単には捨てられないようだ。しかし、だからと言って、使いもしない、見ることもない古資料に場所だけとられていたのでは、困るのだ。ナントカ整理していかなくてはダメだよね。当面必要としない古資料については倉庫などに整理整頓してしまおう。そして、あの事務局室をいろんな話をしに来る人々の交流の場にしたいと思っているんだ。薄暗いサークル室を思わせる所から、明るい社交の場へ!といったところだね。

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